〜婦女童蒙〜

◯月◼️日
てんき くもり☁
きょうはほいくえんのみんなでこうえんにいきました。
とつぜんくるまがこうえんにはしってきてこわかったけど、おねえさんがたすけてくれました。みんなはないてたけどおねえさんはげんきでした。みんなでありがとうございましたっていったらびっくりしてました。
それでこんどのおたんじょうびかいきてくれることになりました。おたんしょうびかいがたのしみです。

◯月◇日
てんき はれ☀
きょうは一人でおつかいにいきました。
まいごになっちゃったけどくるまのおねえさんがいてくれたからできました。
おねえさんのなまえきいたらおしえてくれました。ぐれたってなまえだそうです。おねえさんはがいじんさんでおしごとでとおくからきたそうです。
またあさおねえさんにあいたいです。

◯月☆日
てんき はれ☀
きょうはみんなでおたんじょうびかいをしました。
とおくのぱぱもかえってきてうれしいです。
おねえさんはじめてにくづめとぱえりあたべたそうです。
ばーすでーけーきもおいしかったです。いちごをおにいちゃんにたべられちゃいそうになったけどさっちゃんのばーすでーだからさっちゃんのになりました。
またみんなでおたんしょうびかいしたいです。


「さっちゃーん、気をつけて行ってらっしゃーい!!」
「はーい!!」
お気に入りの肩掛けポーチにお財布代わりの小物入れと水筒を持って、齢ニ歳の小嶋砂月は駅前のマンションの自宅から出発した。
マンションを出てから南へ100m歩きそこの十字路から東に300m先にある朝陽川商店街に行き右手にある精肉店で鳥のモモ肉と挽肉を買うのだ。そして商店街の書店の通りから横に出て行くと反対車線にケーキ屋さんがあるのでそこでバースデーケーキを引き取ってこなければならない。
もし道や買うものが分からなくなったときのため、ポーチには困った時に人に見せる用のメモも入っている。万が一のみまもりケータイも持たせた。幼い娘を一人で買い物に行かせるのは申し訳ないが仕方ない。
それに、私達は今TVの企画に参加している。自身の子供に買い物をさせる人気特番に受かったのだ。時々連絡を取りながら砂月の動向をチェックしていく。おまもりとしてこっそりワイヤレスマイクを首からさげているので砂月の精神状態を確認できた。
「気をつけて行ってこれるかな……」
「大丈夫だよ、撮影なんでしょ。大人もちゃんといるし距離もないから心配ないじゃん」
そういって扉を開けてきたのは長男坊の勇気だ。今日は祝日で休みだがこれからサッカーの練習が入ってしまっている。
「今日は暑いから熱中症に気をつけるのよ」
「はーい、行ってきまーす!!」
水筒を受け取ると勇気は勢いよく玄関を飛び出していった。
全く、話を聞いているのやら聞いていないのやら。私は溜息をつくと部屋の掃除を始めた。



「はやくおにくとけーきかってかえろ」
砂月は短い足でてくてく歩く。
明日は砂月の三歳の誕生日だ。去年からネパールへ単身赴任中のパパも帰ってくる。ママは弁護士なのだが今は妊娠中につき育休中だ。そしてお兄ちゃんはサッカーがあるから行けない。ここは昔からサッカーが盛んで、J1リーグのグループの所在地でもある。お兄ちゃんはそのグループの育成選手になれるように今は研鑽を積んでいるのだ。
道順はシンプルなものだが子供の砂月には果てしなく遠い。途中で公園で一休みしてもいいって言っていたが、昨日の件もあり少し気が引けた。
「ええと、ここをみぎだよね?」
惜しい。あと一つ先で右に行くところをその手前で左に曲がっちゃった。早く気づいて戻らなくっちゃ。
「……あれ、ぐれたおねえさん」
神社に隣接している広場のベンチに見覚えのある影が見えた。
彼女は小さな箱を持っていた。
「こんにちはー!」
「……こんにちは。もう大丈夫なの?」
「うん!だって、ぐれたおねえさんがまもってくれたんだもん」
グレタ──グレンデルは驚いた顔で砂月を見ていた。
彼女と出会ったのは昨日の昼間のことだった。



グレンデルはこの街に召喚されてこの地に降りると、昼間の間は自由をもらったのだ。念の為だとマスターであるランサーからお手製の財布と三千円貰って。
何日かは家にいてランサーの手伝いをしたりなどしていたが、折角の気晴らしをしたいとランサーが外に誘った。
神社に大きなショッピングモールに動物園。そのどれもが未知のものばかりだった。聖杯で知識を得たとはいえこうして見るのと聞くのとでは違うのだとグレンデルは初めて知った。
ランサーはたまに古めかしく難しい言葉を使う事もあったものの、機知に富んだ彼女の話術による説明はとても面白かった。
その帰り道、二つのサーヴァントは一つの公園の横を通った。
その時グレンデルは不思議とそこにあるベンチが気になって、寄ってもいいかと頼んだ。ランサーはまだ聖杯戦争は始まってはいないから大丈夫だ、と伝えるとスマホを取り出し神野に電話をし始めた。
私は子供達が帰る姿とすれ違うようにして公園に入っていく。ランサーが案内してくれた場所と違い、公園は奇妙な遊具がある事以外は普通の広場だった。夕焼けに照らされてグレンデルとランサーの影が伸びていく。
季節はまだ5月なのにこの国はとても蒸し暑くて、生前の私だったらちょっと嫌だったかもしれない。木の真下にある木の繊維がほつれてきたベンチに座ると背を預けるようにして空を仰いだ。木漏れ日の先にある色が逆光でよく見えない。木の枝は白く濁った茶色になっている。一陣の風が私の体と木々をすり抜けていった。
突然頬に冷たいものが触れる。びっくりして顔を起こすとランサーが冷たいペットボトルを私に当てていた。
「どうした。熱中症にでもなったのか」
「違う。なんとなく見ていたくなっただけよ」
「何を見る」
「分からない。だけどここに座ってじっとしてたくなる」
ランサーはそうか、とどこか微笑を湛えた顔で隣に座ると頬に当ててたペットボトルを渡した。初夏の匂いと共に渡されたペットボトルの飲み物を飲むとカフェで飲んだアップルティーと違い花の香りがした。味は甘さは感じないがとても心地よい渋みがある。
木々が擦れ葉がぶつかり鈴のような音を立てた。
「今日は一緒に見て回ってくれてありがとう。久し振りに人の営みが見れてよかった」
「……貴女は、昔にも見て回った事があるの」
「そうだな。今はとんと少なくなったが昔はよく見させて貰っていた。昔の方がたくさん関わることも多かったのでね」
「それは貴女が神だから」
「いいや、神だからじゃないさ。現に私より高位の神が気紛れに人と交わろうとして失敗したのを、私は覚えている。それでもたまに降りて見るのは私が思いに近い場所にいて、そういう性質(たち)があるものだからだ」
私はランサーの真名、というよりも一般呼称を知っている。正体を知った時何故私がかの神に呼ばれたよかよく分からなかった。
私は化け物だ。私の身体に流れる血は巨人、水魔などがあるが、より色濃く現れているのは竜種である。ただそれだけではないのだが私は生まれた時から罪の烙印を押されて産まれてきた。
生まれた直後に母親から「怪物であれ」と、怪物としての側面を植えつけられた彼女は自身の怪物性と人への憧憬に戸惑い、結果自我なき獣となり英雄ベオウルフに討たれたのだ。
それに対しこの神は龍神であり水の魔力を扱うのだが、グレンデルはどこか奇妙なちぐはぐさを感じていた。
神だからなのか、それとも別の物が混ざっているのか分からないが自分とは明らかに異なる次元の何かがあると彼女は直感していた。
だからとても厳かでありながら優しさとフランクさを兼ね備える彼女はとても魅力的な筈なのに、心の何処かで信じきれないのだ。信じたいと思うと同時にこれでいいのかと本能が警鐘を鳴らした気がしてしまう。
私達はペットボトルが空になるまでベンチで夕涼みをしてから帰った。その日から私は雨が降っていない昼間は公園に出かけるようになった。
宝具を使って姿を変えたり気紛れに見つけた別々の公園に向かったり。
この街は神社の境内や橋のすぐ隣に小さな公園が点々とある。ビル群の中にぽっかりと空いた空間にあるものから高速道路や国道に面した道にも小規模ながらも存在していた。どうしてこんなに多いのか分からないが色々あることに気がついた。
ランサーに聞くと市民の避難所を兼ねているかららしい。
日本自体が災害が多いのだがその中でも山海川の三つがあるこの街は昔から地震津波、大波に洪水などの災害に見舞われる事が多かったのだそうだ。
だから少しでもその被害に備えるため住民たちは考えた。都を守る神を呼んで祈ったり、国を上げて治水を行なったり、普段から災害に備え設備を整えた。
そうしてまで何故ここに住みたいのか私には分からないが、聞くと理由の一つに水があるらしい。日本が水資源に恵まれた国であるのだがその中でもここは水がいい。
汚いものから清潔なものもあれば淡水も海水もある。多種多様な水があればそこには水を求める生物が自然と定住するのだと言う。海には漁師が、川には農民が、山には猟師が。だからこの土地は何故か住む奴は住むとの事だった。
良くも悪くも住めば都なんだろう、とはランサーの弁だ。



そんな一日を過ごしているとたまに保育園の園児達が先生に連れられて公園にやってくることがあった。皆おもいおもい考えつく遊びをして体を動かし、時間になると整列して保育園まで列になって帰るのだ。稀にとても小さい子なんかは台車のようなものに乗って散歩に来ることもある。
初めは驚き困惑したが思ったより側にいることが苦ではなく、話しかけることもなければ話しかけられることもなかった。
さて、公園のベンチだが比較的出口に近い場所に置いてあることがあった。私はできることなら奥の方に行きたいのだが奥には噴水があったりそもそもベンチが出入り口付近の一つしかないこともある。
早朝から行くとそのベンチには近隣の高齢者の人集りができていることがあるので、大体10時ごろに行く事にした。平日の昼だと子供達は学校に行っているので公園の人気は少ない。だから保育園の人間がその時間に狙って来るのだろう。
保育士らしきエプロンを着けた女性が園児達を解散させ遊ばせ始めた。
5月になったのでシロツメクサの花は終わりつつあるがタンポポなどの雑草はまだまだこれからだ。女の子達は花と戯れ、男の子は鬼ごっこをし始めた。遊具に乗って遊ぶ子に砂遊びに夢中になる子供もいる。
その様子を私は木陰の下にあるベンチで座って眺めていた。木は今が花の季節なのか白い簾を空から垂らしていた。
眺めていると男の子が蹴ったボールがグレンデルの座っているところまで転がっていった。
「あぶなっ、きをつけろよー」
「ごめーん」
一人の男の子が走って近づいてくる。
グレンデルは足元に転がって止まったボールを投げてやると二、三回跳ねて男の子の腕の中へと吸い込まれるように落ちた。
「ありがとうございます!」
グレンデルは礼を言われすぐに何かを返そうとしたがすぐに子供は走っていってしまった。視線を漂わせると見ていた保育士がこちらを見て頭を下げてきたので頭を下げ返してしまった。
聖杯から得た知識の一つにお辞儀がある。この国の人は挨拶のジェスチャーの一つとして頭を下げるのだ。最初は首が落ちたみたいでびっくりしたものの慣れると少し性に合っている気がした。
その時丁度女の子が水飲み場に来て水を交代で飲んでいた。水筒を持ってきている子供もいたが水筒を飲まない子は飲まないものだ。
サーヴァントの身であるグレンデルに喉の乾きは縁がないが帰ったら冷たいお茶を飲むのもいいかもしれない。普段では浮かぶことのないらしくない発想ではあるが、それをさせるほどに今の生活は穏やかだった。
その時、遠くから何かの気配を感じた。この公園は閑静な住宅街の中にこそあるものの、少し歩けば大きな国道がいくつもある大通りに出る。気配のある方を見るが異変はない。
公園の周りは平和で相変わらず車の騒音が微かに耳に届くだけだ。気のせいか、と目線を公園の中へ戻したその直後だった。
遠くから怒号が、クラクションの音があり得ない速度で近づいてきたのは。
グレンデルは見た。
金属の体を纏う脅威が目にも留まらぬ速さで大通りからこちらに来るのを。それは人を避けようとバランスを崩し、灰色の出っ張りを踏み台にしてオレンジ色の棒を飛び越えた。その先には大人に見守られながら水を飲む子供達。
園内の人間達も気がついて音のする方を見たがもう遅く、怪物が公園へ飛びかかる。
誰かが弾かれるようにして誰かの声を叫びながら飛び込んだ。
それらは全て一瞬の出来事だった。

痛みがこない。
加藤典子は何かにぶつかる音と同時にガラスが割れる音がした事に遅れて気がついた。
子供をかばいながら恐る恐る振り返ると車は1mほど離れた場所に置かれていた。自分達と車の間に立つ影が一つ。
「あ……あ…………」
黒色の髪がなびきその顔を認めると止まっていた声が漏れた。
園児と自分の壁になるようにして一人の女性が立っていたのだ。
見間違えるはずもない、彼女は先ほど自分が礼をしたあの女だ。
腕の中で小さな塊が身動ぐ。
「せんせー……?」
小さな塊は固まった先生から顔を出してその光景を目にした。
「おねー、さん?」
自身の父と同じぐらいの背丈であろうか。最近よく見かけていたベンチに座って何もせずにいた人。飴細工のような金の髪が背中で揺れた。異国の女性がこちらに振り返る。
「あ、ありがとう、ございます!」
その声と共に公園の時が動き出した。
周りにいた子は泣き出し始めてしまったのだ。はっとした先生達は急いで泣きやませようと子供達に駆け寄った。
周りの様子を見ていた女性はそれを見て去ろうとした。
「お、おい!何しやがるこのくそアマ!!」
車の中から怒鳴り声が聞こえて女性が立ち止まった。
「何も。私は守っただけ」
流暢な日本語を話す女性の目には怒りの色が見て取れた。しかし車に乗っている老人には伝わらない。
「守った?お前のせいで俺の車が壊れちまったじゃねえか!!どうしてくれんだ!!」
保育士達は泣き止ませながらもその発言に怒り呆れた。なんという高慢。
「しかも見てみろよ〜、こんな傷ができちまったじゃねえか!?どう落とし前をつけてくれんだ!」
遂に車から出た年老いた男はよろめきながらも女性に近づく。保育士達の間に緊張がまた走る。このままではあの男は女性を襲う。
男は目の前まで近づき胸ぐらを掴んだ。女性は怯える顔を一切見せず堂々としている。そこでようやく気がついた。
真正面から受け止めたはずの彼女の体に傷がない。
普通の精神状態であれば驚き恐れたであろう。しかし余裕のない彼はその事実にさえ怒り狂った。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
気にくわない、という感情が膨れ上がり彼は腕を振り上げ顔面へ拳を振るった。
しかしその手は止められた。女性は片手で拳を掴み上げるともう片方の手で胸元を掴む腕を赤子を相手にするように外す。男は抜け出そうと必死にもがくがびくともしなかった。
その間にも女性は片手で一纏めにまとめて掴むと、空いた右手で逆に殴り返す。女性の拳は男の頬骨に見事クリーンヒットした。よろめいた隙を見逃さず脳天に拳骨を落とすと男は耐えきれずに伸びた。
女性は無言で睥睨すると手を放して公園を出て行く。
女の子はそれを見つめていた。あまりの衝撃のせいか涙は不思議と出ない。
「まって」
子供は大人の制止を振り切って追いかけた。
「おねーさーん!!」
呼びかけられた女性は出口で止まり振り返った。子供は目の前で立ち止まる。
「また、ここにきてくれますか」
後ろから追いかけてきた保育士も追いつき子供を捕まえると彼女は深く頭を下げたのだった。
「すみません、お礼が遅くなりました。改めまして私達を助けてくださりありがとうございました」
「どういたしまして」
数秒ほど沈黙が流れ、お願いがあるのですがと顔を上げて続きを言いかけると、遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえ始めた。
聞こえた女性は離れようとしたがしかし。
「すみませーん!!こっちで事故現場はこっちであってるっすかー?」
事故が起きて最初に駆けつけてきたのは警察でも救急隊員でもなく、一人のシスターだった。

  • 最終更新:2019-12-03 00:12:53

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