WASP短編,スカイ・ホワイト.chapter1

人は見かけによらないとはよく言ったものである。
WASPの戦闘訓練場で飛び回る雲月風花を遠目に眺めながらつくづくそう思う。

普段皆の周りをうろちょろと歩き回り、珍しいものを見つけると飛び跳ねて喜ぶ子供っぽい彼女は実際に子供である。
詳しい事情は省くが彼女は全身のほぼ全てを義体で構成されていて実年齢は10代前半、私よりいくらも年下だ。

小さな子特有の大人への憧れからか義体の見た目は私と同じくらい、オトギリさん曰く花も恥じらう女子大生くらいの姿をしている。
その点でも人は見かけによらない。身体に見合わず精神は子供そのものなのだから。

しかし私がそう思う一番の理由はそんな風花ちゃんが戦闘訓練用のオートマタの攻撃を避けながら的確に首を刎ねていっていることだ。
緩急使い分けた動きから一瞬で近寄っての斬首。他のオートマタがクロスボウで反撃すると斬ったやつを足場に跳躍して天井に立つ。
そう、二本の足を付けて天井からぶら下がっている。足の裏に杭か何かを仕込んでいるのかそのまま天井から壁から走り回った後には穴が開いている。

一体、また一体と薙ぎ倒し、遂に30体のオートマタが機能を停止した。

風花「よし、終わり!」

軽い足取りでタイムを確認しに行く風花ちゃんの姿は先程までの姿とはとても結びつかない。
もう一度言おう。人は見かけによらないものだ。可愛い顔して彼女はWASP設立の際のクーデターにて「施設」の人間を100人近く殺.害している。
子供ゆえの残酷さだろうか。皆の周りをちょろちょろ歩き回る彼女も絵画と石ころを並べて飾る彼女も戦場を縦横無尽に駆け回る彼女も、そのどれもが雲月風花という女の子[怪物]なのだ。



これだけ考え事に耽っていると流石に訓練をサボっていると思われてしまう。こちらの訓練場でも戦闘訓練を始めよう。
設定を弄って数と強さを決め、スイッチを押すとこちらではゴーレムが出てくる。機械仕掛けで動くオートマタよりも仮にも炉心による生命活動を行っているゴーレムの方が私にとっては訓練になる。
私生活に影響があるからと掛けていた魔眼殺しの眼鏡を外して臨戦態勢に入る。

ソラ「武装義肢・起動[アイアス・オン]」

武装義肢「アイアス」の斥力フィールドを展開してゴーレムに向かってくいくい、と指を曲げる。挑発の意味は無いけれど「かかってこい」という意思を示すことは大事だと思う。うん。

数体のゴーレムが一斉に襲い掛かる。まともに食らえば無事では済まないであろう威力だが私には届かない。よしよし、防御力は申し分ないな。
斥力フィールドは攻撃を防ぐのに有効だが攻撃にも転用出来る。私は右足を一歩引いて体を捻り、右手を勢いよく突き出す。

ソラ「デッドリー・ソーン!!」

狭く鋭く圧縮した力[エネルギー]を撃ち出し、数体のゴーレムを貫通する。攻撃力も申し分無し、と。
何体か撃ち漏らしたゴーレムは鎌状に変化させた斥力の鎌、「グリム・リーパー」で応戦する。普通は投擲用の技だけど最近は近接武器としても活用するようにしている。

さっき貫いたゴーレムの一体がゆっくりだが立ち上がろうとしている。炉心を破壊したつもりだったけど少しズレていたらしい。
でも最近近接を始めたばかりの私には目の前のゴーレムを相手取りながら離れたゴーレムを倒す手段は無い。斥力を弾丸のように飛ばす「カラドボルグ」も使う瞬間はグリム・リーパーを解除しなければならないから使えない。
こういう時のための魔眼だ。私の左眼は『搾取』の魔眼と言って視界に入ったものの生命力を奪うものだ。余談だが人と目を合わせづらい理由の一つでもある。
横目に瀕死のゴーレムに焦点を合わせる。すると見る間に残りの力を搾取され尽くし、ゴーレムは機能を停止した。うん、やっぱり凶悪だなこれは。



全てのゴーレムを倒して大きく息を吐くと眼鏡を掛け直してその場にへたり込む。

風花「お疲れさま、ソラ」

後ろから話し掛けてきた風花ちゃんが私の頭に何かを乗せてきた。冷たくて硬いことからジュースの缶だということが分かる。

ソラ「ああ、ありがとう風花ちゃん」

疲れた体に清涼飲料水が染み渡る。ああ、生きてるってことを改めて感じられる。

風花「ねえねえソラ、何であのとき魔眼を使ったの?鎌投げた方がよくない?」

ソラ「見てたのか…」

いきなりのダメ出しに驚く。確かにあの場面ではグリム・リーパーを本来の使い方をして目の前のゴーレムを攻撃しつつトドメを刺した方が良かったかもしれない。近接武器の練習をしているからと近接に固執したのは少し失敗と言える。

ソラ「ま、まあ…最近近接武器の使い方を練習してるから…」

風花ちゃんがそそそ、と目の前にやって来たのでギギギ、と視線を横にやる。魔眼殺しの眼鏡があるとはいえやはり人と目を合わせるのは苦手だ。目を逸らす理由は他にもあるけど今は割愛する。

風花「ふぅん。あ、じゃあさ、次はわたしと対人戦やろ?」



予想外の言葉に目が点になる。先程の風花ちゃんVS多数のオートマタを見ていた身としてはアレと戦うのは何とか避けたい。

ソラ「い、いやぁ…それは悪いよ。それに私まだ近接始めたばかりだし、勝負にならないと思うよ…?」

嘘は言ってない。グリム・リーパーの近接転用はここ一週間くらいで始めたものでまだ対人で使っていけるレベルではないと自信を持って言える。しかし

風花「えー、でも訓練なんだし対人もやっていかないと」

そんなことを話しているうちに訓練場に一人の男性が入って来た。椿=スノウハミング、紙袋で素顔を隠した不思議な人だ。
風花ちゃんは椿さんを見つけるや否やすっ飛んで行って三段に積み重ねられた一番上にある紙袋を強奪する。WASPの日常風景だ。

風花「椿さぁん、ソラが対人戦やってくれないって言うんだけどさ。椿さんからも言ってくれない?」

椿さんの隣で奪った紙袋をまじまじと見た後お気に召さなかったのか被せる風花ちゃん。被せる際に二段目と交換しているのもまたいつも通りだ。
それにしてもまずい。このままでは椿さんにも風花ちゃんとの対人戦をマッチングさせられてしまう。
私は無言で椿さんにヘルプを送る。いつもなら人をガン見することはないけどそれを曲げてでも、と思ったのだが。

椿「えっと…訓練ですし付き合ってあげてはどうです?」

駄目だった…。



結局椿さん審判の元風花ちゃんと対人訓練をすることになった。覚悟を決めるしかない。出来る限りのことはしよう、と気合を入れる。

ソラ「よーし、やってやる。やってやるぞぉ!」

椿さんの合図でスタートになる。策はある。多分風花ちゃんの性格的にはまるはずだ。あとはそれを上手く実行するだけ。

椿「それでは…始め!」

風花ちゃんの先制攻撃。右腕に仕込んだブレードを展開しての刺突。物凄いスピードで一直線に突き進んできた風花ちゃんは私の目の前でその動きをぴたりと止めた。否、止められた。
アイアスの斥力フィールドだ。私の戦い方は基本的に斥力フィールドで防いで相手の勢いを殺してからの迎撃になる。一瞬でも動きが止まれば打つ手はある。

ソラ「ロー・アイアス!」

本来は盾のように展開して面制圧する技だがそれを応用して風花ちゃんの周りに内側に向けて展開する。ちょうどカプセルに閉じ込める形だ。

風花「あ…」

勝負ありだ。生半可な攻撃ではロー・アイアスを破れないし狭いカプセルの中でそんな攻撃をしたら自滅する。

風花「ずるい、ずるい!せっかく近接武器対決にしようとしたのにー!」



ソラ「だから機嫌直してってば」

風花「やだ。ぜーったい許さない」

あれから風花ちゃんの機嫌は悪いままだ。無理もない。彼女は彼女なりに私の為を思って対人戦を申し出てくれたのに決まり手があれでは彼女の思いを踏みにじったようなものだ。流石に少し反省している。
椿さんはあの後オトギリさんに呼ばれてどこかへ行ってしまった。だから風花ちゃんの機嫌を直すのは私の役目だ。

ソラ「ごめん、反省してる。私に出来ることならなんだってするから許してくれないかな?」

風花「……(ニコッ)」

少しの沈黙の後ニコッと微笑む風花ちゃん。あっ…となったが一度口に出した言葉を飲み込むことは出来ない。

風花「なら今度の休み一日ちょうだい」

ああ…これは一日中買い物に連れ回されるな。るんるんと鼻歌を歌いながらスキップして去っていく風花ちゃんを見送りながら次に私と風花ちゃんの休みが一緒になる日はいつだったか確認する。

  • 最終更新:2018-11-03 23:13:26

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