Space Grail・序章

 解剖学を専攻する青年科学者が、人工の肉体に電気によって生命を吹き込むことに成功した。最も美しい存在になるべく作られたそれは、しかし通電の瞬間に身が崩れ、身の丈8フィートの恐ろしい怪物へとなり果てる。怪物は人間社会に受け入れられず、悲劇的な復讐の末に科学者ともども悲劇的な末路を迎えてしまう。
 メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』のあらすじだ。
 その衝撃的な内容は世界中に一大センセーションを巻き起こし、いまなお、人工物に対して何かを考える際、着想の拠り所となっている。
この小説がこれほどまでに手厚く受け入れられたのは、すべての人類の奥底に眠る危険な衝動――すなわち、混沌とした未知を切り開かんとする欲求――を、露骨なまでに鮮明に描いたものだったからだろう。

 突如としてはるかかなたの可能性を見せつけられた人類は、それを手にしようと爆発的に想像の翼を広げていった。

 カレル・チャペックにより『R・U・R』の中でロボットと名付けられた無機的な労働者たちは、今や産業の中核を担うまでに発達した。空には目的に合わせて多様な進化を遂げた飛行機やホバー・カー、もしくはそれに準ずるものが飛び交い、医学においては失われた肉体を再生する術まで発見された。かつて描かれた未来的空想について、およそそのすべてが実現したように思われた。

 目標を失った科学は伸び悩む。年末にかつての商品のマイナー・チェンジ品が新商品として発表され、これといった驚きもなく受け入れられ、決まりきった層の顧客によって消費された。

 そんな矢先のことである。
 2032年12月、改良型電波望遠鏡のテスト中に、今までにない微弱な電波が月面より検出された。規則的なパターンを持ったそれは、知的な生命体が目と鼻の先にある小さな衛星に存在することを示していた。

 この事実は大きな衝撃をもたらした。
 1969年から数度に分けて行われた調査で我々が旗を立て、足跡を残したその裏に、ついぞ発見し得なかった月の生命体が住んでいたとは!
 この素晴らしいクリスマス・プレゼントに世界中がにわかに湧いた。
その熱狂ぶりたるや尋常なものではなく、連日特別番組が組まれて専門家たちが難しい顔をして議論に明け暮れ、月面人せんべいや月面人まんじゅうが販売され、週末論者がスピーカー付きのワゴンを引き連れて都心を練り歩いた。

 NASA、ESA、Roscosmos、CNSA、JAXAの5機関は速やかに共同でプロジェクトを発足した。
地球外生命体とのコンタクトという未曾有の自体を前にして、人種の枠を超えて全ての人間が手を繋いだように見えた。
 そして今、彼らの15年もの年月をかけた労力が報われようとしている。
打ち上げ体制に入った有人宇宙探査船NOAHおよびそれに搭載された人工知能HALは、まさに現在の科学の粋を集結させたものと言って過言ではないだろう。

 5――4――3――2――1――

 全人類の夢は、白煙とともに宇宙の彼方へと飛び去った。

  • 最終更新:2018-10-02 13:53:02

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