Space Grail・先生

「えっと、セイバー?これも策のうち?」

「え?あ。と、当然である。余の策に失敗はない。間違いなくドアは開いたではないか」

頬に流れる汗の正体について問いただす前に、彼は矢継ぎ早に続ける。

「しかも、見よマスター。やつは些か体格が大きすぎる。ギチギチに詰まって動けないではないか!確かにほんのちょっぴりだけ驚いたが、時間さえかければいくらでもやりようが――」

めこん、と嫌な音がした。
セイバーが叫ぶ。そんなのズルであろう!

象は、鼻を伸ばして器用にドア枠を掴むと、それを引き剥がして捨てた。それから大きく身じろぎする。
どうやらこの壁は、魔力のこもった衝撃には非常に堅固なものの、純粋な質量には比較的弱いらしい。
もともと扉が付いていた穴は、まるでアルミみたいにグニャグニャ広がって、この巨大な生物を向かい入れた。

自分の部屋に象!それも、ピカピカ光っている、とびきり大きなやつ!
現実味がなさすぎる。
恐怖に駆られるよりも先に、なんだか滑稽な気分になった。
来るなら来い!僕だって格闘家の端くれ。象の1匹や2匹倒してやる!

僕はもう、てっきりやる気になっていたのだけれど、相手はそうじゃ無いようだ。
やれやれやっと少しは窮屈でないところに出た、というふうに、ふしゅー、と息を吐き出すと、ごろんとその場に横になる。
それから、優しげでつぶらな瞳を、自分の通ってきた穴に向けた(そう。もうそれは、扉というよりも穴と表現するのが適切だった)。
ややあって、僕にもその意味するところが理解できた。彼は自分の主人を待っていたのだ。

「すまないね、もう少しスマートにいきたかったのだが、多少手荒くなってしまった。なにせ、俺の手持ちでは、こいつが一番適当だったものでね。ああ、武器は降ろしてもらって結構だ。とりあえず今ここで君たちとやりあうつもりはない」

『伊達男』なんて言葉、使ったこともないけれども、きっと使うとしたらこんな人に対してなのだろう。
真っ赤なドレスマントを纏った痩身の男性が現れた。肩には一匹の黒猫を乗せている。
その姿を見て、僕は今度こそ肩の力を抜くことができた。
つっけんどんに見えて、なんだかんだで最年少の僕の面倒を見てくれていた人。
時計塔の講師にして若きホープ。名前は、

「クロックタワー☆キメラスター先生!」

「スピルバーグ・フォーサイトだ!君がなぜそのあだ名を知っている!?」

「まあまあ。先生はやっぱり、僕を助けに来てくれたんですね?」

大真面目に返答したら、先生は大きくため息をついた。おかしなことは言っていないと思うのだけれど。

「そのポジティブ・シンキングは、人として稀有な才能だな。尊重してやりたい気持ちは山々だが、それは半分しか正解ではない。そもそも、魔術師が理由もなく人助けなどすると思うか?俺たちがここを訪れた理由は――」

「『夏のにおい』がしたからだにゃ!」

僕はこのときセイバーに、この人は大丈夫、とアイコンタクトを取っていたところだったため、このときに聞こえた可愛らしい声が、いったいどこから来たものなのか全く理解できなかった。
続く二言目。

「ニャーがここを『夏に続く扉』だと思ったから、マスターに開けさせたのにゃ。小娘を助けたのは実質ニャーだにゃ。ほめるがいいにゃ」

それで、やっとそれが先生の肩に乗っている黒猫のものだと理解したときには、すごくびっくりした。

「わあ!猫がしゃべった!この子が先生のサーヴァントですか?」

思わず手を伸ばすと、その小さな生き物は僕の胸にするりと飛び込む。渋い顔の先生を後ろに残して。

「・・・・・・残念ながらそのとおりだ。そいつは『アヴェンジャー』、俺のサーヴァントだ。だが、俺たちがここまで足を運んだのは別に――」

「小娘!猫とは失礼にゃぞ!ニャーは由緒正しいケットシーの王様、イルサンにゃ!控えるがいいにゃ!」

「・・・・・・あれほど真名は伏せるように言い含めたのに、まだわからないのか駄猫くん?」

「駄猫にゃと!?いくらマスターでも許さないにゃ!爪の届くところまで来い!そのしみったれた顔、深く引っ掻いてやるにゃ!!」

「ほう、面白い。どうやらこのあたりで主従関係をはっきりとさせておいたほうがよさそうだな?」

そこから先は、お互いにヒートアップしてしまって、喧喧囂囂(けんけんごうごう)の言い争いだった。
特に怒り心頭といった様子の先生は、途中から英語で怒鳴っていたため、何を言っているのかさっぱりだった。
でもきっと、仮に僕が英語ペラペラでも、やっぱり先生の言っていることは理解できなかっただろう。
なぜなら僕は、この目の前のかわいい生き物を抱きしめて、心いくまでモフモフすることに全霊を捧げていたのだから。

  • 最終更新:2018-10-02 13:52:21

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