Back Street Fight

「魔術師狩りとはお前の事だな?」
「君…誰?僕に何か用かな?新手のナンパ?」
イタリアのとある街、月明かりが照らす路地裏にて、黒コートに金髪の男…オルソ・ビアンコは女に向かって白い長剣を突きつけていた。
呼びとめられた女は左目に眼帯、ターバンから三つ編みにした長い黒髪をなびかせ、軽装で武器などは持っていないにもかかわらず、剣を持った男の前でもヘラヘラと笑顔を浮かべていた。
女の返事を無視して男は氷の様に無機質な声色で淡々と言葉を発する。
「お前に名乗る名など無い。魔術師狩り、お前を排除させてもらう」
「余裕が足りないなぁ。せっかちな男は嫌われるよ?」
「ほざけ!」
オルソが剣を振り、女が数秒前までいた場所を剣が纏っていた風の刃が大きく切り裂く。
「あっぶないなー!いきなり何するのさ!」
先程まで地面に立っていた女は、いつのまにか男の振り抜いた剣の先に立っていた。
2メートルほどの体躯を持つ彼女が立っているのにもかかわらず、その剣はまるでそこに女など立っていないというかのように重さを感じさせない。
「チッ、ちょこまかと…!」
もう一度ブンと剣を振ると、女は大きく飛びのく。その隙を逃さず、畳み掛けるように彼は魔術を発動する。
『Το νερό είναι καθαρό και η ροή είναι δυνατή
(水は清く 流れは強く)
Το ποτάμι έχει οδηγήσει στη θάλασσα
(細き流れは大海へ集う)
Ο δράκος ανοίγει το στόμα του!
(竜よ、その顎を開け!)
Τρώτε, πίνετε, παίζετε!
(全てを喰らい、飲み込み、暴れよ!)』
剣先より放たれた大質量の水によりすら路地裏は突如激流に飲まれる、男は風の防壁により自分の被害を防ぎながら、次の詠唱を放った。
『Να κοιμάται!(竜よ、眠れ!)』
剣からの魔力によって激流が凍てつき、巨大な氷の牢獄と化す。
大質量の水と氷による制圧。これが彼の持つ常勝の戦略である。男は凍りついたターゲットにトドメを刺すべく、辺りを見回す。


「やー、びっくりしたよー。まさかここら一帯全部氷漬けにしてくるなんて」
そこにいたのは全くの無傷な女の姿であった。刺青の様に全身に刻まれた魔力回路は青白く輝いている。
「魔力で体を覆い防いだか…しぶといな」
「しぶとくないとオジサンに殺されちゃうからね。次はこっちのターンだよ!!」
といい女は野生動物の様に跳ね、男に襲いかかった。
「浅はかな…!」
オルソが剣を地面に突き立てると男の周りに先程より強力な風の防壁が形成される。
凍りついた壁は斬り砕かれ、風に乗って散弾銃の如く女に襲いかかる。
「うわぁ!?なにそれ!!」
女は氷の弾丸を回避するべく咄嗟に体を折り曲げる。しかし目の前に広がる全ての氷塊を回避する事はできない。
「ぐぅッ…!」
傷を負い、フラついた女に対してチャンスとばかりにオルソは一歩踏み込み
「…なんてね!」
「!」
彼女の眼帯の取れたその左眼を
見た
見てしまった。
「あひァッ…!?」
ビクンと身体が跳ねる。体温の上昇、動悸の増加、突然な体の変調に思わず膝をつく
「あれれ〜?どうしたのかなー?僕は目の前だよ?早くトドメを刺しちゃいなよー」
そうおどけたように言う女の左眼は妖艶に白く輝き、その周りは闇のような黒に覆われていた。
「な…それ…は…」
「えいっ☆」
膝をついた男を女が軽く蹴りつける。大した力すら込もってない普段ならなんでもないような一撃。しかしこの時は普段とは違った。
「ぐおォォォォ!!!」
男は途轍も無い痛みに思わず呻き声を上げる。
「痛いかなー?痛いよねー?そうそう、これが僕の魔眼の効果さ。苦痛も快感も、あらゆる感度を数百倍にも数千倍にも引き上げる。快感は人を狂わせる、もう君の体はそよ風だけでも滅茶苦茶に感じちゃってるんじゃないかな?」
終わらない痛みと快楽により男の理性は崩れ、女の声は脳に留まることすらなく耳を素通りしていく。もはや男には平静な思考すらできない、震える手から銀に輝く剣がするりとこぼれ落ちた。

剣を取り落とした事は結果的には幸運だった。魔術の触媒を失った氷獄は力を失い、水に戻る。大質量の水は二人に向かって滝のように雪崩れ落ちた。
「!!」
水に打たれオルソに平静な思考が戻る。しかし元に戻ったのは頭だけで魔眼の効果が完全に消えたわけではない。
このままではまずい、一度態勢を立て直して仕切り直しを
そう彼が考えた時だった
「あーあ」
飛沫の中から一本の脚が伸び、男を吹き飛ばして壁に叩きつける。
「せっかく楽しい気分だったのに水を差さないでよ。こっちまで冷めちゃったじゃない」
「ガ…ハッ…」
男は壁に叩きつけられただけで縛られたり拘束されてはいない、しかし男は金縛りでもあったかのようにうごくことができなかった。
「しっかしすごいねー、頭を冷やして魔眼の拘束から逃れるなんて。僕もちょっと驚いちゃったもん。…そうだ、せっかく楽しませてくれたんだし最期くらいサービスしてあげる」
「な…にを…」
「プ・レ・ゼ・ン・ト♡」
そう言って女はそのままスッと男の目の前まで顔を近づけ、強引に男の唇を奪った。
「むぐ!?」
女は男の口に自らの口を重ねたまま———
ふうと息を吐くように、灼熱の塊を男の中に注ぎ込んだ。

口付けは数秒間続いた。女が唇を離すと、男は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「どうだった、僕とのキスの味は?情熱的だったでしょ」
戦闘態勢を解いた女は笑顔で男に話しかける。
「目も舌も心臓も頭もドロッドロに溶けちゃうのはどんな気持ちなのかな?文字通り死ぬほど気持ちいいのかな?かな?」
彼女の言葉は男の耳には届かない。男はすでに体内の全てを焼き尽くされ、息絶えていた。
「あれ、もう死んでた…ま、いいや。十分楽しんだし」
女はよいしょ、という掛け声とともに男を軽々と担ぎ上げる。
そのまま鼻歌を歌いながら、その女はイタリアの街の夜の闇に消えていった。



バー『ムハダメデス』

「ダルシさーん、いつものー」
女が店に入るなり、ダルシと呼ばれた男が彼女を出迎えた。
「あらチャパティちゃんいらっしゃい…ってビショビショじゃない!そっちにシャワールームあるから、今すぐ体洗ってきなさい!」
「ありがとダルシさん。じゃあコレは頼むね」
女…チャパティー・チャイは図体に見合わぬ口調で心配する黒人の大男に担いでいた荷物を預けて店の奥へ向かった。



閉店後の誰もいない店にはいつもの喧騒は無い。そんな静かな空間に小さな悲鳴が響くいた。
「〜〜ッ!」
「動かないの、消毒液が目に入るわよ」
「ねえダルシさん、もうちょっと慎重にしてくれないかな?」
「そんな怪我作ってくるアンタが悪いのよ。また辻斬り紛いの事してたんでしょ?よく飽きないわねえ」
「あっちが襲ってくるからしょうがないじゃない。別に僕は誘ってるつもりじゃないのに」
「夜はケダモノが多いのよ。まだ子供なんだから出歩くのは気をつけなさい」
「子供じゃありませーん、部族の中では立派な成人ですー」
「ハイハイ、ところでアンタ宛に新しい以来が入ってるわよ」
べー、と舌を出すチャイをあしらいながらダルシは本題を切り出す。
「名指しの依頼?珍しいね。どれどれ…おや」
依頼の手紙には彼女の元いた『施設』に所属していたメンバーの一人の名前が書かれていた。
「あら、この子って確かアンタの前の雇い主よね?死んだんじゃないの?」
手紙を背中越しに覗き込んだダルシが尋ねる。
「あの『施設』にはいろんなのがいたからねー、全身サイボーグとかなんかアメーバみたいな奴とか。そういうのを研究者が自分で試したりしててもおかしくないよ。潰れちゃたのが惜しいよねえ」
時給よかったのになー、と付け足しつつ彼女は依頼内容を確認する。
パラパラと捲られていた資料があるページで止まる、そこには一人の少年の姿があった。
「へぇ…」
「どしたのチャイちゃん、面白い依頼だった?」
「うん。ちょっと昔見た顔を見つけてね」
新しい獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべる彼女を見て、ダルシは呆れたように溜息をつく。
「あまり浮かれすぎて悪い癖出さないようにね。とりあえず仕事に向けて栄養を摂っときなさい」
「はーい!」
元気よく返事して、チャパティーは目の前に高く積み上げられたハンバーグを頬張るのだった。





登場人物紹介

○チャパティー・チャイ
今回の主役。書くにあたってプロフィールとの乖離があるかもしれないけどその辺は許して。それと今回は女で統一してますがその辺もご了承ください。
施設が無くなってからイタリアに拠点を移し辻斬り紛いの事をしていたら賞金首になった。
魔眼は最終手段。これを見た人は大抵が殺されている。戦闘でハイになるから与える快感の瞬間的な威力もかなり上がっている。 水による解除は半分は彼女が萎えたせいもある。そもそも気分にムラっけがあるから効果も変動しやすい。
それでも目を合わせれば発動するから対魔眼用のカウンターにもなるしはっきり言って魔眼が本人の実力不足を優に補えるレベルで強い。

○オルソ・ビアンコ
今回のやられ役。
イタリア人の武闘派魔術使い。
通り名は『ヴェネツィアの白熊』
銀の剣に魔力を込めて風と水の二属性を扱う元素変換の使い手。水の無いところで大質量の水を出し凍らせたりできるかなりの強者。戦場が水場なら上位の執行者などにも匹敵する。
26歳独身。賞金目当てでチャイを襲撃して追いつめはしたが返り討ちにされた。敗因は油断。

○ダルシさん
バーのマスターをしている黒人の大柄な男性。体は漢でも心は乙女。みんなダルシさんと呼んでいるが本名は不明。
チャイの今の仕事斡旋人かつ死体処理屋。魔術師ではないが魔術方面にも多少詳しい。
得意料理のハンバーグは店でも人気だそうだ。

  • 最終更新:2018-10-07 11:39:20

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