Fを取り返せ/蜂達の決断

時計の針は既に、天辺を超えている。
伏神探偵事務所。
いつもは使わない奥の部屋でウィリーは壁を背にして、考えていた。
あの黒カード使いは今回の依頼で探す対象だった『雲月風花』に違いなかった。
無論、普通の黒カード使いなら戦闘不能に追い込みカードを排出させてから、破壊すればいい。
だが今回のケースではそういうわけにいかなかった。あそこまでの戦闘力、そして言動から察するにカードの中の英霊と雲月風花の魂は相当に相性が良い。
良い意味でも悪い意味でも、だ。
それは時間の経過によるものかもしれないし、二人の精神の同調率が高いのかもしれない。
しかし少なくとも完全に癒着されると本人の意思以外での排出は不可能に近くなる。だから本来なら手段を問わず撃破すべきなのだ。
相手が犯罪者ならば。

「…厄介だな」

雲月風花は依頼にそうならば保護すべき対象だ。
そして高ランクの魔眼の保持者をわざわざこちらの監視に付かせるほど大きな組織の構成員となれば、下手な手は打てない。

「………」

何より、ソラという青年にとって彼女が特別な存在である事をウィリーは感じ取っていた。
ウィリーは黙って部屋を後にした。




応接室のソファにソラは座っていた。
空調の音だけがこの部屋に響く。
生気の感じられない雰囲気からするに、やはり雲月風花はただの構成員の同僚という関係ではないのだろう。
そして、彼はその雲月風花が同僚達に危害を加えた事もわかっている。

「ソラ」
「…何ですか?」
「お前はどうしたい」

ウィリーの投げかけた質問にソラは目に見える反応しなかった。
だが、フードの下の彼の目は明らかに揺れていた。

「どうしたい、ってどういうことですか」
「言葉通りだ。あの『カード使い』をどうしてほしいかだ」
「そんなの…少なくとも私じゃ決めれません」
「いや、今決めろ。あのままじゃ彼女はこの街を出て虐殺を起こすぞ」
「虐殺ってどういう意味ですか!?」

ソラは先程までの様子とは打って変わってソファから勢いよく立ち上がった。
詰め寄る様にしてウィリーに近づく。

「これも言葉通りだ。時間を原料にして彼女の魂は完全にカードと一体化する。本人に理性があるならともかくあの様子じゃ何日も同化しているだろうからな」
「そんな!どうすれば風花ちゃんを…彼女を助けられるんですか!?」
「…今、なんて言った?」

ウィリーはソラの本心を掴んだ事を確信した。
話術というほどのものでも無いが、こういう駆け引きは探偵としてのウィリーの得意とするものである。

「助けられるのか、です…けど」
「そうだな。ならあの雲月風花を助けてほしいという事でいいんだな」
「ですがそれは」
「あーもう見ててじれったいな、助手の癖に!」

ウィリーとソラの間の小さな影に波紋が広がる。
そこから滲み出て姿を見せたのはアサシンだった。影面から上半身だけを晒して肩を竦めるポーズを取る。

「要するに風花ちゃん…だったっけ?助ければ貴様はハッピー!私達もお金が沢山入ってハッピー!ラブアンドピース!!以上!あの陰気臭いフードをまくってやる!」

アサシンは一気にまくし立てると再び影の中へと沈んでいった。
突然の事態に呆気に取られていた二人だったがすぐに気を取り戻す。

「…風花ちゃんを…助けて下さい。これは貴方にしか頼めません」

絞り出す様なソラの声を聞いて、ウィリーはテーブルの上に置かれてたバイク用のスペアヘルメットを投げ渡した。

「俺は魔術師だが、今は探偵だ。…人の感情だって理解してみせるさ」

その瞳は初対面の時と相も変わらず背筋が凍る様だったが、今のソラは不思議とそうは感じなかった。

「マスター、今日はよく喋るね」
「そんな事は無い」







真夜中の高速道路を一台のバイクと一台のパトカーが並走する。
黒と白のコントラストが映えるバイクと、紅い稲妻を形にした様な改造アメリカ式パトカー。
目的地は港付近の放置された廃船工場。
そこに雲月風花はいるという。

「警察の情報網か…侮れないな」

ウィリーがコートを羽織り探偵事務所を出て行こうとした時、クリスに肩を掴まれた。

「なんだ」
「おいおい…このクリストファー・J・クライを忘れてないか?」
「もう夜も遅い。俺が後は解決する。さっきの件なら感謝してるぞ」
「フッ…全く、俺が礼を求めてわざわざお前を呼び止めたとでも思っているのか?」

大げさに鼻で笑うクリス。
この刑事の真意をウィリーは掴めなかった。

「最近の映画館はレイトショーというのがあってな」
「主役が活躍するのに、時間なんて関係ないという話さ」
「そうそう…ってアーチャー、俺の台詞を取るな!」
「フッ…この事務所の中なら実体化出来るんだ。たまにはいいだろう…?」

クリスは頭をかきながら、決まり悪そうにする。
だがすぐにパトカーへと乗り込み、窓を開けてウィリーに話しかけた。

「このクリストファー・N・クライ…クリストファー・ナイト・クライは闇を切り裂いて戦う男…ボヤボヤしていると置いていくぞ」

パトカーのライトが灯ると同時にエンジン音が響き渡った。マフラーからは炎が立ち上がっている。
ウィリーはそれを見ると丸太を車体に括り付け、ソラをバイクの後ろに乗せてからハンドルを握りしめた。




奪われた。
最初は腕。
次は足。
その次は胃。
それから耳。
この後は心臓か肺のどっちか。
気がつけば全部奪われていた。
私の体と呼べるものは全部。
死にたくても死ねない日々が沢山続いた。
だけどそんな世界にも救いはあった。
優しい人に代わりの身体を造ってもらった。
自分の存在意義を奪われる事以外にある事を知れた。
大切な人だって出来た。
けど。
それでも。
どこか奥底では、自分を求めていたのだろう。

「そうだな…これならこのアサシンのカードなら上手く適合するだろうか」
「安心してほしい。同類はすぐに出来ますからね」

そして心も奪われた。
私に殺される仲間達の悲鳴だって、聞こえなくなっていた。




夜の静謐な雰囲気の中、要塞の様に佇む廃船工場。
その朽ちた扉をウィリーはこじ開ける必要は無かった。
扉は既に破壊され、大きな入り口が作られていた。
全く先の見えない工場内をウィリーとクリスは黙々と歩いていく。
そして、魔術によって強化された視力は暗闇の中人影を捉えた。

『あ…あぁ…返して…返してよ』

雲月風花は壊れたカセットテープの様に呟きながら、宙を見上げていた。

「おい、聞こえるか?」
『…貴方、持ってるの?持ってるの?なら返してよ!!全部!!返してよ!!』

こちらを視認した途端、憤怒の表情でこちらを睨む雲月風花。
そこには一切の拒絶と巨大な渇望が込められていた。

「ダメだな。行くぞ、アサシン」
(切り替え早っ!?)
「このクリストファー・W・クライ。クリストファー・ウォー・クライ!人呼んで美しすぎる戦場音楽の公演の始まりだ!」
(フッ…クールに行くか)

ウィリーは銅色のカードを、クリスは銀色のカードを構えると変化の為の術式を口にする。

『「夢幻召喚(インストール」』
『「夢幻召喚(インストール)!!」』

四方に裂かれたカードはウィリーにへと吸い込まれていく。
そして銃声と共にバラバラになったカードはクリスの体に吸い込まれていくと、その体を変身させた。
アサシン、インストール形態。
アーチャー、インストール形態。
二人の戦士が宵闇の中、並び立つ。

「『俺(私)達に会った事が、お前のミスだ!』」
『返せぇえええええ!!!』

絶叫と共に鎌状のブレードを展開し飛びかかる風花。
アーチャーは転んで躱すと空かさず二丁の拳銃を抜く。

「ハァア!!」

電光石火の勢いで放たれた銃弾は火花を散らし、彼女の動きを止めた。その隙にアサシンが風花に向け走る。

『返せ返せってよぉ…うるさいんだよ!』

勢いを殺さずに腕を振るい、腹に一撃を入れた。
続け様に膝蹴りを決めようとするが、突如として発生した砂嵐がアサシンを巻き込みそのまま吹き飛ばした。

「相変わらず厄介な能力だな」
『ペッペッ…ガスマスクに砂が詰まる』

風花はその場で片足を曲げると、足が折れて膝から長い無骨な銃身が姿を見せた。
銃口の先が煌めき、眼前のアサシンを蜂の巣にしようと迫る。

『うえええ!?そ、それは反則ではございませんか!?』
「ここだ、アーチャー。お前の実力の見せ所のな」
『…あぁ』

アサシンと風花の間に割り込む様にして躍り出るアーチャー。
このままでは二人とも撃たれる。
だが、アーチャーの顔には薄くはあるが大胆な笑みが浮かんでいた。

『さぁ…鮮やかに決めてみせよう。舞台吹き舞う壮麗銃士(ザ・ワイルドウェストショウ・イン・カンザス・シティ)』

それはアーチャーの生前の逸話の再現、つまるところ宝具だった。
今のアーチャーには破壊力を持つ銃弾も意味を成さない。
ただ、この舞台では彼の華麗なダンスの引き立て役となるのみだ。

『当たらんよ…フッ…今のクールな俺にはな…』

ダンスのフィニッシュを決めて立ち上がり、指をパチンと鳴らすともう弾は飛んで来なかった。
単純な話だ。
何千発の銃弾は彼の前に無力だっただけなのだから。

『いや、君カッコつけてるけど後ろのこっちにメッチャ流れ弾来てるからね?』
『え』
「アサシンの言うことは気にしなくていい」
『あ、そうなのか。ビックリした…』
「お前、今素に戻ってなかったか?」
『フッ…マスター、今は目の前の敵に集中するんだな』

アサシンは再び接近すると飛びかかり殴りかかる。すると風花はもう片方の足の鋸状のブレードを展開し振り回す。
しゃがんで躱そうとするが、それよりも早くブレードに付いたブースターが起動し加速させアサシンの回避の先を行きアサシンの体を斬りつける。

『殺してでも返させてやる』
『あ痛たた…ジュース代までなら貸してあげるよ』

風花はアーチャーの方向へと目線を向ける。それに気づいたアーチャーは発砲するが銃撃は足のブレードで捌かれる。
そしてそのままアーチャーの方向へと距離を詰めた。

「…アーチャー!」
『わかってる!』

このワン・インチ戦の状況では銃は意味を成さない。
そう判断して腰のナイフを抜きブレードとぶつけようとするがーーー

『ッ!』

向かってきたのは剣ではなく足だった。青い風を纏った回し蹴りの膂力は凄まじく、アーチャーは堪らず吹き飛ばされて壁と衝突する。

『おら待てや!!』

後ろから迫るアサシンに風花は振り向かなかった。代わりに闇夜を照らす不気味な赤い光が左腕から漏れ出す。
メキメキと音を立てて左腕は異形へと変形していく。そう、あの時パトカーに弾かれた悪性精霊(シャイタン)の腕だ。
今度は障害物は存在しない。曲がりくねった先に捉えるのはアサシンの心臓だ。

『えっ!?』

その赤い指先がアサシンの胸に触れる。
瞬間、掌の中にはコピーされた心臓がーーー

『…!?』

そこには何も無かった。
驚いたままアサシンを見るとそこにはただのガスマスクが付けられた丸太が転がっている。

『これこそ、NINーPOW!!変わり身の術!!』
「準備しておいて助かったな」

風花が再び構える隙は与えられなかった。
6本のエネルギー圧力式シリンダーで力を増強された拳が腹を捉える。
そしてそこから超小型エンジンの爆発力を利用したパンチの連打が浴びされた。
苦悶の声を上げる風花に対してアサシンは腰を落とす。

『さーてここは宝具で…キックじゃなきゃダメ?』
「速攻で決める」

アサシンの片足に魔力の渦が回転し始める。そのスピードは加速していき、艶やかな黒となった。

「『その怪人に光は要らず!!(アンノウン・フォーカス)』」

飛び上がり空中からキックの姿勢のまま落下する。だが風花も足に蒼い風を纏わせた。ブースターがかかった確実に霊核を穿つ一撃とアサシンのキックが衝突する。

「『はぁぁぁぁあ!!』」
『そんな…!!』

だが、先程までのダメージが差を生んだのだろう。
アサシンはキックの勝負に打ち勝ち、風花を蹴り飛ばした。

『うわあああぁああ!!!』

魔力の奔流と共に爆発する風花。
アサシンが着地すると同時に煙が晴れる。
その中から出てきた風花の胸からはカードが排出ーーー

『う!?え、いや、やめて、助けてぇ!!』

その逆だった。カードはむしろ彼女の奥へと深く入り込みつつある。
そして風花の周りを膨大な魔力が覆い始める。

『え、何これは…怖』
『くそッ、何なんだ一体!?銃弾が効かない!!』

彼らには知る由も無かった。
このカードを埋め込んだ者の本当の狙いはシャイタン(悪性精霊)と雲月風花を触媒にした堕天使にして巨大な龍、サタンの顕現である事を。
満身創痍の二人は余りの魔力量故に近く事すら出来ない。
だが、その時だった。
風花の体が燃え始めた。
アサシン達が顔を上げた先にはフードを脱いだソラが立っていた。
その瞳は、万華鏡の色であった。

「これ以上…風花ちゃんは奪わせない!」

数多の魔眼が合わさったフルパワーと目覚めようとするサタンの力が激突し、嵐を巻き起こす。
その衝撃は元々老朽化が進んでいた工場を根元から壊し始めた。

『あーヤバイヤバイ…サーヴァント同士の戦いかな?』
「まだ、体は動くな」

工場が崩壊するのも時間の問題だった。
アーチャーとアサシンは立ち上がると早く決着を付ける為ソラの攻撃に加勢しようとする。
しかし、その必要は無かった。
突如として空中から放たれたエネルギー砲が風花の体を貫いた。
それが最後の後押しとなり、今度こそ彼女の体から黒色のカードが排出され砕け散る。

「やっぱり、病院で大人しくしてるのは性に合わなくて、ね」

アーチャーとソラはあっと声を上げ、アサシンは見知らぬ乱入者に首を捻っていた。



夜の海面に月灯りが反射して煌く。

「まさか来てくれるなんて…」
「仲間のピンチだもん。そりゃ駆けつけるよ」

伊織は気絶したままの風化を担ぎ上げると笑う。ソラもフードの下で笑った。

「あの女…油断は出来ないと思ってたがその通りだったな。これだから狡猾な女は…」
「クリス。今回の件、報告書は必要か?」
「勿論と言いたいところだが、アーチャーとの同化もあったし二日は寝てたい気分だ。そう、今の俺はクリストファー・S・クライ…」

欠伸をするクリスを置いてウィリーは三人の方へと向かった。

「本当にありがとうございます、ウィリーさん」
「私からもお礼を言わせてもらうよ、探偵さん」
「そんな事は無い。ところで行方不明になった構成員の件なんだが」
「あー…」

ウィリーがその話を切り出すと、伊織は気まずそうに目を逸らした。
だが、代わりにソラが一歩前へと出る。

「その件は、私が責任を持ちます」
「いいのか?俺にも落ち度があるが」
「はい。今度は迷ったりなんてしませんから」

伊織に担がれたままの風花の頭を優しく撫でるソラ。
ウィリーはそれを見ると頷いた。

「わかった。報酬は改めて請求する。今晩は事務所に泊まっていけ」
(え、マジで?バイクに四人も乗れないよ?)
「パトカーは犯人を追いかけるだけの者じゃないだろ」

ウィリーはクリスに向けて手を振る。
一瞬、嫌な顔をしたクリスをウィリーは、見逃さなかった。





後日。
あの三人はウィリーが目覚める前に事務所を出て行った。
後は本人達の問題だろう。
ウィリーは報告書を仕上げながらコーヒーを飲む。

「こんにちは、ウィリーさん!アサシンさん!」
「あ、来野ちゃん!いらっしゃい!」

親しみ深い女子高生の来訪にソファから立ち上がるアサシン。そのまま流れるように菓子とお茶の準備を始める。

「そういえば、ウィリーさん。ポストに何かとても分厚い物が入ってましたよ」
「そうか。アサシン、取ってこい」
「正しい意味のサーヴァント扱いだな…」

アサシンが持ってきた手紙はまるで辞書の様に分厚かった。紙には蜂の模様がプリントされている。
アサシンは訝しみながらも開けていく。
すると中にはーーー

「なんだこのお金!?」
「い、一万円札がこんなに…!?あ、写真撮ってもいいですか!?」

ドスンと音を立てて机に置かれたのは大量の札束だった。人探しの依頼は報酬がとにかく多くなる事がよくあるが、ここまでの額は初めてだった。
請求した報酬より、明らかに桁が二桁多い。

「………」

騒いでる二人を余所目にウィリーは空を見上げながらあの謎の組織の事と、雲月風花にカードを埋め込んだ黒幕について思い巡らしていた。
伏神市に、今日も爽やかな風が吹く。






「…そういえば風花さんは?昨日から会ってませんけど」

少女の問いかけに対して白衣の男は何も無かった風に答える。

「死んだみたいなものだよ」
「死んだって…どういう事ですか?」
「いつもの事だとも。あの被験体も会えなくなっただけで生きてはいます」
「つまりまた、失敗したんですか」
「そうとも言える」

男は淡々と答えると少女にカードを渡す。
それは銅色で、表に刃を持った獣の絵が描かれていた。

「これを使いなさい。このカードはきっと貴女と合いますから」
「………」

押し付けるようにしてカードを渡すと男は部屋を出て行った。

「ねぇ、お兄ちゃん」

少女は向かい側で黙って座っている青年に話しかける。
青年は長髪を掻き分けると彼女に目線を合わせた。

「どうした?」
「…このカード、なんか嫌な気がするんだけど。あの人の事信頼して良いんだよね?」
「勿論だ。少なくとも僕は彼から渡されたアーチャーと上手くいっている。お前が心配する事は無いだろう」

そう、と少女は呟いた。
カードの裏側に埋め込まれた『扉』の絵を見つめながら。

  • 最終更新:2019-06-25 23:56:45

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