誘発的開戦(トリガー・エンカウント)

 マーシャルと合流して一時間。ガヌロン一行はとうとうラ・シャリテ近郊まで到着した。
 現在は丘の上に陣取り、街の様子を伺っている。
「どうだマーシャル、戦況の方は」
「我が方有利。否、やや拮抗といったところでしょうか。玉兎殿と打ち合うあの英霊も大したものですが、如何せん物量で負けています」
 マーシャルから遠眼鏡を受け取り、ガヌロンも戦場を見やる。サーヴァントの視力をもってすれば不要のものではあるが、彼らはこの手軽に戦場を俯瞰できる道具を気に入っていた。
(儂がいた時代にもこれがあれば……いや、詮無き事か)
 感傷を打ち切り、現状を冷徹に分析する。マーシャルの言う通り玉兎と打ち合う英霊の技量は高く、先程から幾度となく攻めに転じている。
 が、それだけだ。契約者というハンデを抱えている以上、狡猾なあの獣人を上回る事など不可能に近い。間断なく投入される魔獣たちの牽制により、英霊は着実に消耗させられていた。
(もっとも、あの分であればマスターとやらの方が先に力尽きるやもしれんが)
 白い服を着た少年。恐らく戦場に立った経験などないのだろう、先程から足は震え懸命に耐え続けてる姿がありありと見える。
 加えて、あれ程の英霊とあらば魔力消費も並大抵ではない。遠からず少年の魔術回路は音を上げるだろう。
 そこまで考えたところで、ふと別なものが目に入る。男と女、それに子ども。見たところ少年の同類ではない。恐らくはこの村で暮らしていた者達と考えるべきだろう。
 ――まさか、あの者達を守る為だけに戦っているというのか?
「馬鹿な連中だ。たかが平民三人、見捨てておけば良いものを」
 生前のガヌロンも、そうした判断を迫られた時がしばしばあった。後の大事の為、目先の小事を切り捨てる――いつの時代もありふれた出来事である。
 あの王や十二勇士たちは、それでも全てを救おうと足掻いていたものだが。
「マーシャル、貴様もそうは思わぬか? あの三人を見捨て、全力で撤退の一つも図っていれば玉兎から逃れられたと」
「……否定はしません。ですが彼らはそれを良しとは思わなかったのでしょう。既に、堕ち果てた我々とは異なり」
 堕ち果てた、の部分に少なからず強調を感じる。元より紳士的な騎士だ、いかに己を律しようと思う所が少なくないのはガヌロンも理解している。
「今の発言は、聞かなかったものとしておくぞ」
 だが、それが何だという。
 己らの所業は、正真正銘悪鬼外道のものだろう。あの狂った獣人も、目の前にいる騎士も、そしてこの場に居合わせていない太陽王や女王でさえ例外ではない。
 我々は人類史を穢し、破壊し、滅ぼす者。善悪なぞ、今更問い質すに値しない。
 まして、悪役である事を定め付けられた己なぞ――。
「我々も戦闘に加わる。あの娘が反発しようが知った事ではない。奴が本当にマスターであるならば、着実に捕らえて聞き出さねばならぬ」
 どこから来て、何を企んでいるのか。サーヴァントと契約した理由は何か。全て、全て聞き出す。
 幸いにと言うべきか、こちらの陣営には拷問に長けた者もいる。一昼夜もあれば残らず聞き出す事が叶うだろう。
「怪物どもには注意しておけ。襲ってくるようであれば斬り伏せて構わん。最短距離で連中の下に」
「ガヌロン卿、お待ちを」
 言葉の途中で遮られ、あからさまにガヌロンが気分を害する。
 が、マーシャルの放った言葉が即座に彼を武人へ切り替えさせた。
「新手のサーヴァントです。数は二騎。いずれも玉兎殿の下へ向かっております!」
「何だと……!」
 この期に及んで増援の登場。未知のサーヴァントと少年だけでも厄介だというのに、新手が二騎などとは。
 予期せぬ事態を前に、しかしガヌロンは冷静に判断を下す。
「構わん、このまま村内へ突入する!」
「ガヌロン卿、それは――」
「どの道、目指す場所は同じだ! ならば我らが先んじて駆けつけ、しかる後玉兎と共に迎撃する!」
 タイミングが悪すぎた。各個撃破を狙うにしても、今からでは到底遅すぎる。
 加えて、部下たちの存在がここへ来て重荷となる。彼らの能力では英霊の全速力についていけない。置き去りにするにも、マーシャルとの連携を考えるとあまりに惜しい。
 返事する暇も惜しいとばかりに、ガヌロンは馬を走らせる。マーシャルもまた無為を悟ったのか、それ以上反論する事はなく部下を引き連れ駆け出していった。

 だが、この後彼らは嫌という程思い知る事となる。
 一度狂いだした歯車は、決して自分たちの望み通りには戻らないのだという事を。

  • 最終更新:2019-03-18 01:07:06

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