行動:公演『蒼白姫と赤黒さん』

「───あら、マスター。私にこのような服を着せて頂いて。宜しいのですか?」

ランサーが、洋服に着替えながらもマスターに問いかける。あくまで自分は使い魔。使い魔に服を支給するような主人はあまり聞いたことがない。

「勿論。貴女は現世を楽しみたい、そして私は貴女の雇い主としてそれを叶えてあげる責務がある。……でもほら、現代じゃ着物姿で歩き回る美女なんて中々いないもの。だから、服は我慢してね?」
「……ええ。この衣を、慎んで受け賜わりますわ、マスター」

────広場

「楽しい?おゑい」
「───ええ。とっても」
人が歩いている風景、それを見るだけでもランサーは楽しそうだ。

「人の文化の多様性というのは、ただ歩いているだけでも感じられるものですね。理知的なもの、少し粗暴なもの、無垢なもの、愛らしいもの。……ケモノのように、近しい存在というのが少ない感覚です」
「───そう。喜んでもらえていると受け取っておくわ」

映画を見て、食事をして、人が作りあげた芸術品を見る。それだけでも赤ゑいにとっては今回の現界で収穫があった。だから今、彼女は楽しんでいる。

「……そうね、明日からは動くことになるもの。じゃあ私からも、人の文化を見せてあげる」
「マスターが……ですか?」「ええ。こっちよ」

少し歩いて、辿り着いたのは日本では少し珍しい美しい噴水の吹き乱れる広場。シルヴァは、そこにスーツ姿で待機している男性の下に近づいて───
「御無沙汰しております、天音木です。打ち合わせの時刻に参りました」
「おお、此れは此れは。用意は出来ております。そちらの用意はどれほどで?」
「大してかかりませんよ。……では、早速用意を始めてしまいましょう」

そしてマスターは、手馴れた手つきで鞄から人形と糸を取り出し、準備をし始める。かちゃかちゃと操作性を確認したり、自分の声のチューニングをしていたり。

「……ねぇあれ!天音木さんじゃない!?ほら、ウィンスタのあれ!」
「あ、知ってる知ってるー!あれだよね、テレビでも最近出てた人!」
「なんでこんなとこいんのかな……もしかして劇するの!?」

……そう言えば、歩いていた時もそういう声が聞こえていたような。道行く人たちのコソコソとした声を聞きながら、赤ゑいはふと聞いてみる。

「マスター、あなたってもしかして、世間一般で言うところの有名人だったりします?」
「んー……まあ、そうね。元から外国では人形や花の方では有名な方だったんだけど、動画配信サイトで人形劇の動画投稿したり、SNSで色々自分の花とか人形の紹介してたら、俗に言うバズる?っていう奴、アレになったみたいで。テレビにも最近よく出るし。だからまあ、有名人かしらね?」
「……おおー」

試しに赤ゑいがマスターから貰ったスマホで『天音木シルヴァ』と検索してみれば、出るわ出るわの我がマスター画像。本当に有名人らしい。

「……さて、この話はここまででいいでしょう。準備が出来たから、私は舞台で最終調整をしてくるわ。……おゑいは、観客席にでも待機していて?」

「さあさ皆様!今回のこのイベント、飛び入り参加で今話題の人形師、天音木シルヴァさんに来ていただいております!」
「はーい、皆さんこんにちは。天音木シルヴァです。……年甲斐もなく、シークレット枠として来ちゃいましたけど、お手柔らかにお願いしますねー?」

ニコニコと、美しい笑顔を浮かべながら観客に一礼をするシルヴァ。
───そして、人形劇が始まった。

ストーリーはこうだ。人の天命のままに命を奪う死神が、とある薄命の少女との出会いを機に『命を奪いたくない』と始めて思うという話。
……何処かを探せば、きっとある話。それでも、彼女の魅せ方は凄かったのだ。

『────死神さん、私ってもうすぐ死ぬのよね?』
『……うん。そうだよ』
『死神さんが、私を連れて行くんだよね?』
『────あ、ああ。うん。そうだね』
『────どうして、泣いているの?』

その一つ一つの躍動感は、溜息が出るほど美しい。人形の精巧さのみではない。彼女がこの劇にどれほどの力を入れているのか、どれほど感情を込めているのか。

────どれほど、愛があるのか。

『僕は、君を絶対に離さないよ。……その為なら、死神なんて辞めてもいい。一緒に逃げよう』
『……私のために、死神さんの人生を棒に振るなんてダメよ。お願い、大人しく私を殺して。わかるでしょう?』

────物語の結末は、ハッピーエンドだったのだと、思う。愛の果て、苦悩の果てに二人は手を繋ぎあって、追手が消えるまで何十年、何百年も眠って、希望に満ちた朝の光を浴びて目を覚ます、というもの。

「────以上、『蒼白姫と赤黒さん』でした。御清聴、有難う御座いました」

大きな拍手が巻き起こり、中には凄かったよ!なんて声をかける人もいる。人々の全てが、その劇を見て楽しんでいたことがわかる笑顔で。


『───私ね。人の笑顔が大好きなの!その為に、世界中を旅するぐらいにね!』


マスターの言いたかったことが、少しわかった気がした。

  • 最終更新:2019-07-22 21:37:41

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