英雄相撃つ!

「ガヌロン卿、こちらの馬を」

 マーシャルの背後に馬が出現する。
 失ってしまった馬の補充は彼がいれば困る事はなく、兵士たちの武器のストックも宝具で補える。戦場においてマーシャルが不可欠な理由はそこにあった。
 使役していた馬は地に伏せ、逆に多勢側は再び万全に戻ったこの状況下で、関羽は特に焦る様子も見せずに冷静な思考で周囲を観察する。
 乱戦は彼の独壇場であり、真価を発揮する形式だ。王国側に真名は知られていないが、戦場を舞う勇姿は歴戦の威武を感じさせ、ガヌロンとマーシャルに多勢であっても一筋縄ではいかない対象と思わせていた。
 雑兵の援護は牽制にも陽動にもならないだろう。よって、この場の戦況を有利に進める為の戦略を、互いに睨み合う僅かな時間の中で練り上げ、マーシャルはガヌロンにアイコンタクトで伝える。
 確実に伝わったかは定かではないが、ある程度の意図は読み取り、いつでも動けるように剣を構える。
 関羽にもそれは伝わっており、何をするつもりかと警戒を緩めない。

 両陣営とも静謐を漂わせ、平原に吹く風だけが音を鳴らす。

 雑兵は迂闊に動けない。万が一にも動いてしまえば、命はないと直感で悟ったからだ。
 これは人と人の戦いではなく、言うなれば嵐と地震が戦っているようなものだ。ちっぽけな人間が介入できる訳がない。
 そんな規格外の存在が小競り合う瞬間を何度も見てきた雑兵だが、決して慣れた訳ではなく、目の当たりにする度に緊張で心音が外へ漏れ出ているのではないかという程に、強く拍っている。
 息を吐き出す。息を吸い込む。その行程を繰り返すも緊張は晴れず、一粒の汗が頰から首は伝い、地面に零れ落ちる——
 ——刹那。

 マーシャルが動きランスで突刺すと同時に、関羽も自身の得物で難なく防ぐ。
 馬による突進力と合わさって刺突の威力は何倍にもなり、防御の反動で関羽は後方へ押し出される形で足を滑らせる。
 ランスでの攻撃後、マーシャルは動きを止める事なく前方宙返りで距離を詰め、空中でランスから西洋剣に切り替えて敵に斬りかかる。
 無論、これに反応できない関羽ではなく、前方上空から振り下ろされる剣を双刀で受け止めた。

「ぬっ……」

 しかし、騎士の攻撃を防いだ事により、自身の動きも止まってしまう。その隙を突かれてか、迫り来るガヌロンの熱線への対応がやや遅れてしまうも、即座にマーシャルを押し返し、身を捻るように回避する。
 だが、完全には躱しきれず、二の腕に一本入ってしまった。

「能力の低下が見られる。貴様等……嫌、ガヌロンによるものか。小賢しい限りだ」

 至近距離ならいざ知らず、遠距離からの熱線をいくらマーシャルと剣を交えていたとはいえ、回避できない筈はない。けれども現に、関羽は彼らと対峙した時から身体に衰えを覚えていた。
 これはサーヴァントの持つスキルが原因であり、関羽の言葉通りガヌロンの『対英雄』スキルによる影響だった。
 小賢しいとばかり武人は睨み、一瞬たじろぐも漆黒の騎士も負けじと睨み返す。
「さあ、再戦と致しましょう」

 その言葉で戦闘が再開される。
 互いにの剣で切り掛かり、火花を散らす。
 一閃一閃が目に追えない程の高速斬撃で、兵士たちには只々金属音が響き渡るだけの戦場と化していた。
 しかし、そんな兵士たちにガヌロンが視線を送り、いつでも準備しておけと合図する。

「まったく、呆れ果てた光景だ。彼奴等はローラン、オリヴィエとも打ち合えると見える」

 ガヌロンは決して弱くない。生前も周囲が規格外だっただけで、当人の実力も低くはないのだ。
 故に、その見識眼が確かなものであり、味方の剣が一瞬打ち上げられて隙ができてしまった際には、冷静な判断力により隙をカバーする。

「弓兵隊一番から四番、マーシャル卿には当てるでないぞ……発射!」

 既に狙いを定めていた弓兵隊は弦を引き、矢を一斉掃射する。
 一介の雑兵ではあるが、今までの培ってきた経験から正確に狙いを定める事ででき、射撃を見事に成功させる。
 迫る矢を相対者ごと振り払わんと双刀を振るうが、僅かに動ける時間を儲けたマーシャルは、弾かれた剣の代わりを出現させて斬撃を止める。
 すると、弓兵の矢はマーシャルの肩上や、脇下をすり抜けて関羽の巨体を貫いた。
「むぅ……!」

 まるで流れるようであった。矢が直撃したのが視認できた途端、マーシャルは両手に剣を持って地面に縫い付けるように関羽の両足へ突き刺し、そのまま後方宙返りで距離を取る。
 そして、戦場全域を見渡す武人の目が、宝剣に魔力を蓄積させているガヌロンと、第二射の準備が既に整っていた弓兵を捉えた。

 ——これは全て、あのマーシャルの手の内か……!

 ウィリアム・マーシャルのスキル『心眼(真)』による戦闘理論で相手の動きを読み取り、『騎士の武略』で相手のミスを誘う。この二つによって流れを作り、関羽が無防備になるであろう絶好の機会を生み出したのだ。
 そしてガヌロン自身の持つ『身中の虫』のスキルで、ガヌロンへ一種の軽視を植え付けた事も要因の一つとなっている。

 ——成る程、この連携の高さは認めよう。だが……。

「まだまだ甘いわぁ!!!」

 関羽は豪腕を以って得物を敵指揮官二人に投擲する。
 放たれた双刀は、旋風の如し回転と、銃弾の如しスピードで急接近。
 突如の事で対応が遅れ、空中で脇腹を切り裂かれるマーシャルと、宝具開放を中断して間一髪で防ぐガヌロン。そして、背後で弓を構えていた兵士たちは成すすべもなく回転する刀の餌食となってしまう。
 王国軍に襲いかかった凶器は、そのままあさっての方向へ飛ぶ事はなく、方向転換して関羽の手に収まり、再び投擲しようと振りかぶる瞬間——
 ————壊れた幻想(ブロークンファンタズム)。

 耳をつんざく爆音。
 英霊に取って誇りの一部とまで言われる武器を犠牲にして発動する事が可能な秘技。内包された神秘の塊を、殻を破らせるかのように暴発させ、膨大な魔力の奔流を暴力的にまで高めた一手。
 それにより引き起こされる衝撃——生半可な威力ではないのは、関羽の両足に突き立たれていた剣が巻き起こした大爆発を見れば、顕著な現象である事は明々白々だった。

  • 最終更新:2019-03-17 01:56:36

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