竜王・雪姫・鬼神(トラ・トラ・トラ)

「7人とかなんとか言ってなかった? あんなのが他にもいるってこと?」

立香がふいに口にした言葉に、サーヴァント達は戦慄した。
濃霧と豪雨が降りしきる中その体勢を微動だにせず疾走していた男。
誰もが満場一致で「危険人物」と認識した輩のようなものがあと六人も構えているということは、彼らにとって脅威でしかなかった。

「言ってたなそんなこと。ったく、傾奇者は絵巻の中だけにいてほしいぜ」
「はぁ……困りましたね……」
「あ、アインシュタイン様……お気を確かに……」
「異聞帯……クリプター……それにどう考えても敵対者にしか思えない英霊(へんたい)……どうしたものかな。これは」

大嶽丸が、アインシュタインが、リンドヴルムが、モーシェが。
いずれも歴戦の武勇功名を持つ英雄達が、一人の変態によって苦しめられていた。
そして各々が各々の方法で警戒レベルを上げる中……一早く、異常事態に気づいた者がいる。

「これは……なんだ。なにか、何かが来ている!」

ハッチを開けシャドウボーダーの外へと飛び出したのは純白の戦装束に身を包んだ女騎士。
生前培った無数の戦場での経験が、彼女に警鐘を鳴らしていた。
そして……その予感は、現実のものとなる。

「■■■■■■■■■■ー!!!!」

女騎士・白雪姫の視界に、けたたましい咆哮を上げる巨大な虎の姿が飛び込んだ。
コンクリートに亀裂を入れながら猛スピードでこちらへと近づいてくる猛獣。
それも一匹や二匹じゃ済まない数がシャドウボーダーに今にも追いつこうとしていた。
大慌てでボーダーの車内に戻る白雪姫。普段は沈着な彼女が見せる慌てた振る舞いを訝しんだモーシェとアインシュタインがハッチのすぐそばまでやってくる。

「モーシェ、アインシュタイン、虎だ。虎が後ろから近づいてくる。私はマスター達にこのことを知らせてくる。2人は外に出て迎撃を頼みたい。出来るか?」
「任せたまえ」
「はいっ、わかりました!」

白雪姫と入れ替わりでハッチの外へ出るモーシェとアインシュタイン。
そして彼女はマスターの周りに陣取るリンドヴルムと大嶽丸に告げた。

「敵襲だ。追いかけてきたのは虎。私は詳しく知らないがキヨマサというものは虎にまつわる逸話でもあるのだろう。リンドヴルム公、貴公にはマスターの警護を頼みたい。私はアインシュタインとモーシェと共に迎撃に努めよう」
「承りました。マルガレータ姫」

首肯と同時、薔薇の甘い香りがボーダーの車内に広がっていく。
マスター以外には領主、あるいは指揮官として振る舞う彼女が唯一貴公と呼ぶのがリンドヴルムで、本名のマルガレータという呼称を唯一使っているのもまたリンドヴルムであった。
リンドヴルムと白雪姫。
互いに生まれも育ちも違うがこの2人においては他の3人どこか違う関係があった。

「よう白雪。俺はどうすりゃいい? 指示するなら全員に指示するのが筋ってやつじゃないのかい?」

大嶽丸の不遜な言葉。あの変態を前にしての不敵な態度に白雪姫は苦笑する。

「ああ。そうだな……あそこを走る女の子が見えるか? このままだとあの子も虎の餌食だろう。貴方にはあの子を助けて欲しい」
「助ける? おいおい、いいのかよお姫さん。俺は鬼だぜ? 我慢しきれずに食っちまうかもよ?」

舌を出して笑う大嶽丸。これは彼なりの誇示であり宣言だ。
この身は鬼、そちらは人。鬼が人の道理で動くことは無い。やるなら上手くやれという彼なりの警告だろう。

「はっ。いいだろう。改めて頼もうか。大嶽丸。あそこの人間が見えるな? あの子をここに『攫ってきてくれ』」

ニヤリ、とその端正な顔に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべ告げる白雪姫。
彼女の解答に、鬼神と呼ばれた男は哄笑で応えた。

「はははははっ! いいねえ。そう来なくっちゃなあ。ああいい。実にいい。あんたは『使い方』ってやつをわきまえてる。そうだな。人間にそこまで言わせちゃあ俺も立つ瀬がねえってもんだ。いっちょ鬼らしく、『人攫い』に行くとするか!」
「ああ。そうしてくれると助かるよ。そちらは任せたぞ、大嶽丸」

外へと飛び出そうとする大嶽丸の背中越しに白雪姫の言葉が刺さる。
これ以上顔を突き合わせることは無粋がすぎる。
そう感じた大嶽丸は彼女を見向きもせず。

「ああ。そっちも頼んだぜ。白雪の姫さん」

彼にしては珍しい、人を信ずる言葉をもって返したのであった。

  • 最終更新:2019-07-10 23:22:52

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