神酒の力

モールド・オブ・メトロポリタン。
メトロポリタン美術館の地下に広がる莫大な地下空間……そのまた一画。
リオナとの縁を錨(アンカー)として駐車されたシャドウ・ボーダーの一室に、2人の英霊が集められていた。
1人は傾いた容貌を持つ大男。
1人は純白の戦装束に身を包む美女。
男の名は大嶽丸。
女の名は白雪姫。
藤丸立夏が率いるサーヴァント一同の中でも、特に中核を担う2人だった。
「今から2人にはこれを飲んでもらいます」
立夏が差し出してきたのは2本の硝子瓶。 その中には、リオナが神酒と呼んだ液体が並々と満たされていた。
「……こいつが」
「神酒……」
声を揃えて呟く白雪姫と大嶽丸。
異聞帯の食物を前に、流石の2人もやや面食らっていた。
「それで? 俺達2人を集めた理由は? まさか、この酒で俺達2人に酒盛りでもさせるわけじゃなかろう?」
「まさか」
同じく面食らう白雪姫を見ていつもの調子を取り戻す大嶽丸。そんな鬼人の軽薄な態度に立夏は否と即断する。
そして、人類最後のマスターは、口角を釣り上げた不敵な笑みを浮かべて。
「キャスターの分析で神酒のサーヴァントの霊基を強化する力があることがわかってね?  2人にこれを飲んでもらいたいの」
「私達が……これを……?」
「そう。映像を見終わった後、セイバーとバーサーカーに外の警護を頼んだでしょ? その時にみんなで相談して決めたの。もちろん拒否権はあるし、その時はまた話し合えばいいからさ」
「ふーん……こいつをねえ。俺の舌に合うといいんだが」
大嶽丸の美食家としての審美眼、どこまでも食にこだわる鬼の好奇心が目の前の神酒に向けられる。
「そうか……みんなで私を……かたじけない。頂くとしよう」
頭を下げる白雪姫。そこに謙遜の態度を見た立夏は即座に詰め寄った。
「そう。みんなで選んでみんなで決めたの。セイバーに……マルガレータに神酒を飲んでもらおうって。だから『かたじけない』なんて言わないで。みんなのことを思って『かたじけない』って思ったのなら、そこはちゃんと胸を張って誇ってほしい……なんて、偉そうに言えた義理はないけどね。戦いになると私なんて役に立てないし」
自重げに、そして真剣な声色で問いかける立夏。
ピキリ、と音を立てて白雪姫の……マルガレータと呼ばれた少女の心にヒビが入る。
それは立夏も、大嶽丸も、そしてマルガレータ本人も気づいていなかった彼女を被う殻。そこに初めて傷をつけたのは、藤丸立香の何気ない一言だった。
「も!ち!ろ!ん! バーサーカー……大嶽丸も一緒だよ!  みんな2人に飲んでもらうのが1番だと思ってる。どう? 引き受けてくれる?」
腰に手を当ててそう宣言する立夏に大嶽丸は苦笑する。
鬼である自分を信頼しすぎだろう。裏切ったらどうする? 神酒なんてものを飲んだやつが的に回ったらまずいんじゃないのか?
喉元から出かけた言葉を大嶽丸は鬼の胆力を持って封じ込める。
無粋が。あまりにも無粋がすぎる。
大嶽丸は鬼だ。ただし彼は決して畜生ではない。
情も信念も心意気も、人の心情というものをすべからく理解している。
故に彼は、この場で己がすべきことをわかっていた。
「よっし! それじゃあ決まりだな。乾杯しようや、セイバー」
「乾杯? ……なんに対してだ?」
大嶽丸の思いつきに訝しむような視線をマルガレータが向ける。
「そんなもん決まってらあな。これからの戦い、その勝利にだよ」
「勝利に……なるほど。それならいい。気に入った」
満足気にそう言いながら神酒に手をかける雪華の姫。それに合わせて鈴鹿山の鬼は豪快な仕草で蓋を開ける。
「それじゃあ、次の勝利に……」
「ああ。次の勝利に……乾杯!」
カチン、と小気味よい音が鳴り。2人は神酒を一気に飲み干す。
そして……異変はすぐにやってきた。
「ぐっ……なるほど、こいつはたしかに……」
「そうだな……なか、なかっ……堪えるな……」
膝をついて悶え苦しむ2人の英霊。当然だろう。大嶽丸と白雪姫の霊基(からだ)は今、神酒によって作り替えられているのだから。
立夏からしたら30秒ほど、大嶽丸と白雪姫には一生続くように感じられた時間が終わる。
「ふ、2人とも……大丈夫? 建てないなら肩を」
貸そうか? と声をかけようとした立夏の言葉が詰まる。
2人の英霊が立夏に浴びせかけたのは、凍気と呪詛が織り交ぜられた波動だった。
「……うん。大丈夫だ。感謝するぞ、立夏」
前者を放ったのは白雪姫。
静謐を湛える蒼い瞳の内に、物皆尽く凍りつかせる極寒地獄が宿っている。
「はっ、俺がこの程度でくたばるとでも思ったか?」
後者を放ったのは大嶽丸。
怨念、怨嗟、慟哭、狂気、畏怖、憐憫、嘲笑、そんな負の感情が綯い交ぜになった暗黒の意思が立夏に直撃した。
無意識であったから耐えられた、と立夏は思う。
大嶽丸や白雪姫にに立夏を害する意思があれば、彼女は物言わぬ屍となっていたであろう。

(そうじゃなかったら、舌を噛み切ったくらいで耐えられるわけがないよね……こんなの……)

「そっか……よかった。じゃあみんなのとこに戻ろうか。早速作戦会議だよ」
「あいよ。行こうぜ、マルガレータの姫さん」
「なっ、お前、その名前を一体どこで」
「さっき立夏が言ってただろうが。それともなにか? 俺がそう呼んじゃなにか不都合でも?」
「い、いや……何故だろうな。不思議と、お前に呼ばれるのは悪い気がしないよ」
先導するマスターの背後でわあわあと言い合う2人。
そんな2人のやり取りを小耳に挟みながら立夏はしみじみ。
(うんうん。喧嘩するほど仲がいい……仲良きことは美しきことかな、ってね)

  • 最終更新:2019-12-25 07:50:49

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード