流血の宮殿

ヴェルサイユ宮殿ーーー後の世に於いてすらその名も高き、フランスという国の栄華の象徴。
その更に中心と言うべき謁見の間にて、今正に『催し』が行われようとしていた。
全身を縛られた老若男女が計10人、横一列に並べられている。いずれも宮殿の絢爛さに似合わぬ、ボロ布の如き格好だ。そして列の端には、異装の男が佇んでいる。男は遥か極東の民族衣装に身を包み、腰に刀を佩いていた。
もう一人ーーー玉座に掛けた麗しき女性。豪奢なドレスは、彼女がこの場の支配者である事の象徴か。
「始めなさい、アサシン」
ドレスの女性が、愛らしい声を響かせる。
「ーーー御意に」
応ずるように、異装の男が刀を抜いた。そのまま刀を上段へ構え、縛られた男へ向けて言葉を掛ける。
「何か、言い残す事は?」
「女王陛下、お慈悲を……!」
涙ながらの命乞い。それを聞いたドレスの女性は、天使のような微笑みで告げる。
「ーーー却下」
瞬間、振り下ろされた刀が男の首を断ち斬る。
ボトリと嫌な音が響き渡り、男の首が転がった。断面を覗かせた胴体からは、一瞬の間を置いて赤黒い液体が地面へ排出される。
ーーーブチャリ。そう聞き取れる音は、聞くものに思わず嫌悪感を抱かせる。
しかしそんな光景を、ドレスの支配者は笑みのままで見下ろしていた。それどころか、
「アサシン、貴方の技は見事よ。けれど綺麗すぎるのが難点ね。次はもっと血が噴き出るようにやって頂戴」
と注文をつけ出した。
「仰せのままに」
男は短く答え、先程と同じ手順を踏む。同じように却下の言葉が告げられ、首が落ちる。しかし今回は、胴体が噴水の様に液体を撒き散らした。
「まぁ、素敵」
先程よりは感慨深げに、支配者が呟いた。だが、その直後に言葉を続ける。
「形式通りにするのも飽きてしまったわ。アサシン、残りは一気に斬ってしまいなさい。けれど……そうね。なるべく斬り方を変えてくださらない?」
その言葉を聞いたボロ布の者達は、顔を青ざめさせて口々に言葉を吐き始める。中には叫び、泣き、最後の抵抗とばかりに身をよじらせ、列を乱す者もいた。狂乱の中、異装の男は支配者に答える。
「そのように」
そこからは先は正に地獄絵図。
"来ないで"
下から斬り上げられ、女の首が宙を飛ぶ。
"まだ死にたくないよ!"
少年だった物が血を噴き出す。
"お前達なぞ、革命軍が絶対にーーー"
老人が言い終わるより早く、一閃の元に首が刎ねられる。
"お、俺が何をしたって言うんだよ!"
大柄な男が肉塊に成り果てる。
"やめて!お腹に子供がーーー"
その女の、母になる未来は失われる。
"主よ……どうか私達を"
老婆の祈りは届かず、
"嫌だ、いやだ、いやだぁーーー!"
絶叫を挙げる青年の肉体は、只の血袋に。
そして最後に残ったのは、言葉をなくし、呆然とした少女。
「さらばだ」
その命も、凶刃によって摘み取られた。

『催し』が終わり、血と体液と異臭で満たされた謁見の間は、静寂に包まれる。しかし幾らかの間を置いて、ぱちぱちと、虚しい拍手が響く。
「とっても素敵な見世物だったわ。胸がすっとしちゃった。やっぱり貴方の腕は見事ね、アサシン」
「お誉めに預かり光栄です、女王陛下」
支配者はこの惨状を悦ぶ。十人もの惨い死を見て尚、天使の顔を崩さない。寧ろ、その頰が上気しているようにさえ見える。
「では、拙者はこれにて失礼を」
「ええ、ご苦労様。またお願いするわ」
異装の男は謁見の間を静かな足取りで後にする。去り際に、女王が魔術師と清掃係を呼び出す声がした。惨状の後始末でもさせるのだろう。そんな事を頭に浮かべながら、男は歩き去った。
パリーーーコンコルド広場。
この場所はマリー・アントワネットの処刑が予定される場所だ。"本来"ならば。
しかしその歴史的な出来事は未だ起こらず、かの王妃は今や女王として、この仏蘭西という国を治めている。否、この状況を治めていると言っていいのかどうか。
異装の男は、この広場のベンチに腰掛け、物思いに耽っていた。
ーーー男の名は、山田浅右衛門吉利。仏蘭西より遥か東、江戸時代の日本にて名を馳せた処刑人一族。その七代目当主である。本来であれば仏蘭西とは縁も所縁もない人物であるが、英霊召喚"という儀式により、異郷の地へと呼び出された。
召喚された当時の事を、男は振り返る。
〜〜
女王が英霊を召喚して少し後、パリ近郊にて、山田浅右衛門は召喚された。しかし、己が如何なる理由によって召喚されたのか、皆目見当が付かなかった。近くに己を呼び出した召喚者の姿は無く、この地で何をすべきかの情報すら与えられていない。一先ず状況を知る為に人の多い街へ向かっていたところ、己と同じく召喚されたサーヴァントに出くわした。ーーーその名は、ウィリアム・マーシャル。
マーシャルはサーヴァントの情報を主君へ伝えると言った。その彼に同行を願い出ると、身体を縛られ、兵に囲まれた『連行』の形で同行を許可される。
豪華絢爛を形にした宮殿に、最初は圧倒された。謁見の間に通され、その光景を目撃する。
ーーー百を超える人の姿。その何れもがサーヴァントだと纏う気配で知れた。人だかりの先、玉座に掛けるは、一際豪奢な衣服の女性。
(彼女が恐らくは、このサーヴァント達の主君……)
女性の前に通される。
「女王陛下。先に連絡しておりました通り、サーヴァントを連れて参りました」
「ご苦労様。では、そこの貴方。貴方は何者?わたしが呼び出したサーヴァントの中には居なかったわね」
問いに、男は礼をして答える。
「お初にお目にかかります、女王陛下。拙者、サーヴァント・アサシン。真名を山田浅右衛門と申す者。此度の召喚に於いては、主定まらぬ"はぐれ"の身でございます」
周囲がやや騒めく。恐らくは、この場にいるサーヴァントは皆、女王に召喚された者。故に、
(拙者のようなはぐれ者を警戒するのは当然と言えような)
だが頭数が違いすぎる。男が刀を抜きはなったとて、精々数人を斬って討ち死にだろう。
(それではいかん。召喚された以上、この地にて拙者が果たすべき役目があるだろう。それがたかだか数人を道連れにする事とも思えん)
ならばどうするかーーーと考えたところで、女王が咳払いをする。それだけで、騒めきがぴたりと止む。
「ヤマダ……アサエモン、と言ったわね。貴方の状況は分かったわ。それで?貴方はどうするつもりなのかしら」
そう、それが問題だ。男には、この地に関する情報が足りていない。何が役目で呼び出されたのか、その推測もできぬ状況では迂闊に動けない。
(であれば、ここは様子を見て情報を集めるが吉か。そして、この場でそれを成すには……)
一つの可能性に行き着いた。男は、内面を伺わせない鉄面皮で、こう告げる。
「女王陛下、不躾な事とは承知の上で、一つ相談を」
「何かしら」
「拙者を、御身の元に仕えさせては頂けないでしょうか?」
再度周囲が騒めく。女王は見る者を溺れさせるような笑みで、問い返す。
「それは何故?」
「拙者は主定まらぬ"はぐれ"の身なれば、誰を主とするかは拙者の自由。なれば、この身を女王へ捧ぐもまた自由」
「そう、けれどわたしも、なんの取り柄もない者を仕えさせる気はないわ。貴方は、何ができるのかしら?」
「取り柄、と仰いますか。何分遥か極東の田舎者故、女王の眼鏡に叶う特技があるかは分かりかねますが……生前は、処刑人の役を担っておりました」
「見せてくださらない?その技を」
「お望みとあれば」
女王は手を叩き、縛られた罪人らしき人物を呼び出した。その罪人に向かい、男は刀を構える。その刀は、その道に疎い者でも名刀と分かる逸品だった。
「では、御免」
次の瞬間、罪人の首は地に転がっていた。その首を見つめる女王。そして、
「合格よ。貴方には処刑係を命じてあげるわ」
どこか嬉しそうに裁定した。
「よろしいのですか、陛下」
マーシャルが問いかける。進言か忠告のつもりだろう。
「ええ。わたし、彼を気に入ったわ。好きな時に誰かの首を断てるって、とても素敵な事だと思うの」
「……陛下のご判断とあれば」
マーシャルは引き下がる。些か不服そうだったのは仕方のない事だろう。
「けど、そうね。今のだけではまだ満足できないわ。ねえ、他には何かなくて?」
問われた男は、暫し考える。そして、
「では、こちらを」
虚空から一振りの刀を取り出す。跪き、その刀を差し出す。
「これは拙者の所有する中で最高の一刀に御座います。ーーーこれを我が忠誠の証として、女王に捧げましょう。生憎とこの様な物しか持ち合わせがない事、誠に申し訳なく思います」
従者らしき人物が刀を受け取り、女王の元へ運ぶ。女王は、品のある手つきで鞘から刀を抜いた。
「綺麗……」
「我が宝刀ーーー『小竜景光』。お気に召したようで何よりに御座います」
「ええ、そうね。これは私の美術館(ミュゼ・ド・マリー)に飾りましょう。では改めて。アサエモン、貴方をわたし直属の処刑人に命じるわ。それと、貴方の事はアサシンと呼ぶわね。だって、貴方の名前、綺麗ではありませんもの」
「女王陛下の御心のままに」
〜〜
回想を終えた男は深く息を吐く。女王に仕える身になって暫く、この国の事も分かってきた。
だが、男の顔は暗い。その暗さは、『催し』の際の厳かさとはまた別の色だった。
(罪人の供養すら満足にしてやれん。拙者は果たして、いつまでこんな事を続ければいいのやら)
男の胸に去来するのは罪悪感と、怒り。
ああ、処刑人など汚れ役。生前から幾多の首を断ってきた身だ。今更その数が増えたところで、文句を言うつもりもありはしない。
ーーーだが。だがしかし。男がかつて仕えた幕府には、曲がりなりにも法があった。それが、あれなる女王はどうだ。法、秩序、信条、良心。凡そ理解を示せる善が何一つとして感じられぬ。ただただ、己の気の向くままに命を使い潰している。斯様な政が許されてなるものか。
ーーー叶うならば、今すぐにでもあの首を斬り落とし、この狂った治世を終わらせたい。しかし、男一人でそれは叶わぬ。その程度は幸か不幸か見定められた。そしてこの都市周辺には、この男と志を同じくできる者はいない様だった。
(故に、故に待つのだ。拙者を除き、これ程奴等の懐に入れている者もおらん。ならばどれだけ腑が煮え繰り返ろうが、この優位を捨てるべきでは無い)
革命軍とやらが居るならば、拙者の立ち位置が役に立つ時は必ず来る。その時を、今は待とうーーー
〜〜

  • 最終更新:2019-03-19 23:43:11

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード