才気は死せず、道程は長く

──カルデアのミーティングルーム
人類最後のマスターであるフェリーペは科学技術顧問であり、現カルデアの責任者であるヨハン・ナウマンに呼び出されていた。その内容は当然、特異点絡みだ
『微小だが特異点の反応だ。恐らくは特異点の性質を利用した魔術師の類だろう。微小とはいえ特異点は特異点だ。見つけたからには修復する必要がある』
「なるほど、じゃあ今回も気合い入れて解決しにいくとするか」
三つの特異点と複数の微小特異点を超えてきたフェリーペは自信を持ってそう告げた。
しかし、それに対してナウマンの表情はあまり明るいものではなかった。
「どうかしたのか?」
『いや、だなぁ……今回の特異点はちと、厄介な要素があってな……、座標自体は第参特異点とほぼ重なってる。だが、高度が全く違うベクトルだ』
第参特異点──フェリーペとその先輩であり相棒でもあるメンテー・プルトランプが先日攻略した特異点である。
超高度に押し上げられた浮島を女飛行士であるアメリア・イアハート達とともに回ったのは記憶に新しい。
しかし、それと逆のベクトルとなると……
『今回の特異点は高度がマイナスに振り切れてる……つまりは地の底、いやこの座標なら海底洞窟ってところか。つまりはまぁ、魔術師の根城ってのが海底にあるらしい』
「なるほど、ってことは海の底にレイシフトしないといけないってことか?」
『あぁ、そうだ……だが、コイツが厄介なことに……万が一、外的要因で座標が狂っちまえば即刻アウトだ、溺れるし圧力でやられちまう。となると、陸地にレイシフトしてから海底まで行かなきゃならないんだが……サーヴァント単体ならともかく、マスターであるお前ごと移動ってなるとそう簡単には……』

───話は聞かせてもらった!

ナウマンの説明の横から割って入るようにミーティングルームに現れたのは、サーコートを羽織った色白の女性。ライダーのサーヴァント:ヘルであった。
「私のユミル級強襲揚陸艦ナグルファルなら海底洞窟だろうと、死海、空の彼方であろうと、どこでも行けるよ!!」
『ノリノリで来てくれたところ悪いが、神々の黄昏(ラグナロク)用に調整された巨人の旗艦を特異点で動かしちまったら、こっちの消費電力が持たないぞ?仮に動かせたとして魔力供給がロクに行えないんじゃ、自体の解決には……』
「それなら、ボク達がついて行くってのはどうでしょう?」
『お前達は人が説明してる横からじゃないと喋れないのか?』

ヘルに続いて現れたのは黒のタキシードを着込んだ10代前半程度の少年──アサシンのサーヴァント:ハイフェッツだ。
そして、その後ろで露骨に嫌そうな顔を浮かべているのは黒髪の少女……の姿を取っている人物は言わずと知れたキャスターのサーヴァント:果心居士である。

「ボクは近代のサーヴァントなので魔力消費は少ないですし、果心居士は自前の術で魔力に融通を利かせることができるでしょう?彼女に海底までの輸送をお願いして、後はボクたちが行動する。悪くない提案だと思いますが……」
「いや、ちょっと待て……俺にとってはわざわざ特異点に出向くってのが悪い提案なんだが……」
「果心居士は病(ボク)や死(かのじょ)に対してマスター(ゆうじん)を無防備に晒したりはしないでしょう?」
「……………。あーあー、やればいいんだろ、やれば」

果心居士とハイフェッツ、生まれた時代も場所も異なる二人の珍しい取り合わせ、そしてそのやり取りをフェリーペとナウマンは呆然と眺めていた。

「そういえば、果心居士には何度か世話になってるけど、ハイフェッツが積極的にこういう場に出て来るのは珍しいな」
「ボクもカルデアにお世話になってるサーヴァントですからね、たまには役に立たなければ。サーヴァント戦では役に立たずとも相手が魔術師であるならば、アサシンらしい立ち回りも出来ますし」
『まぁ、慢心は危険だが相手は魔術師、正面戦闘能力は低いと考えれば……ライダー・アサシン・キャスターか……(果心居士にだいぶ負担が行くとはいえ)それなりにバランスの取れた面々だし、今回はそれで行くか』
「なんか、すごくこっちを考慮してない心の声が聞こえた気がするんですけどー」
「じゃあ、さっそくレイシフトを……」

──あ、いや待たれよ!

『またか……』
最期に現れたのは長身細身の和装の侍 セイバー:林崎甚助である。
「なんだ、貴方もいっしょに来たいんですか?」
「応とも、死の神たる者の権能をこの胸に刻み込む機会などそうないのでな。俺は魔術に詳しくはないが、名だたる魔剣や神槍の如き宝具を持たず、俺にあるのは剣技のみだ。故に消費魔力も少ない。どうだろう主殿」
マスターであるフェリーペに問いかける林崎。
「林崎がついてきたいって言うならまぁ……戦力は多いに越したことはないしな……」
『それじゃ、フェリーペに加えてヘル・ハイフェッツ・果心居士・林崎甚助の4騎でレイシフトだ。よろしく頼むぞ』


ヘルの持つユミル級強襲揚陸艦ナグルファルはとてつもない魔力に満ちた船であった。
果心居士はその機構に興味を示し、林崎は仮に戦うとすればどこから斬ったものかとマジマジと眺めていた。
一方、ハイフェッツはナグルファルよりもヘルの方を注視していた。

「ヘルが気になるのか?」
フェリーペがふいに声をかけると、ハイフェッツは視線をヘルから彼に移した。
「いえ、ボクの知る冥界の主(ヘル)とは少し違ったからそれが気になったと言いますか……?」
「ハイフェッツはヘルに会ったことあるのか?」
北欧神話の冥界神と近代アメリカの音楽家、繋がりのようなモノは感じられないが……
「いえ、偶然にも視界が繋がったと言いますか、なんというか……とはいえ、ボクの知る彼女はもっとこう──呼んでもないのに色んな所に出没するような面倒なトコロのあるカミサマでしたから……」
なんとも言えない表情で遠い何処か見つめるハイフェッツ。
「彼女がこの世界のモノではないのか、ボクがこの世界のモノではないのか、或いはその両方か……何れにせよボクと彼女は本来交わらぬはずだったのでしょうが、カルデアの召喚とはなんとも面白いですね」
そんな風にハイフェッツの語るヘルの話からははぐらかされてしまった。
「マスター、魔術師の工房を発見した!突入するぞ!」
ヘルの方からそんな声が聞こえてきた、どうやら目的地に到着したらしい。
【───!!】
到着と同時にフェリーペ達の前に現れたのは門番としての役割を与えられたと思わしきシャドウサーヴァント達。
『シャドウサーヴァント……!特異点に召喚された英霊の残滓から生まれた影程度なら令呪のない魔術師でも使役できるってわけか……』
「ナグルファル!主砲、発射準備……!」
『や め ろ!!ナグルファルを戦闘でまで動かしたら電力が尽きるわ、洞窟が崩れるわでロクなことにならん!』
「むぅ……」
「林崎、頼めるか?」
「任されよ、主どの。もとより俺はこのような事態に対応する為に呼ばれたのだからな」
フェリーペの呼び掛けに応じて、林崎がナグルファルから飛び出す。
手には既に得物である長巻が握りこまれている。
「さて、英霊の残滓共よ……。より高みに至るため、我が剣の錆となれ!」
目にも留まらぬ速技で林崎の刃がバッタバッタとシャドウサーヴァント達を斬り裂く。
「さ、マスター。ここは彼に任せてボクたちは先にいくとしよう。ライダーはもしもの時にナグルファルをすぐ動かせるよう待機ね」
「……了解」
ハイフェッツの声にヘルは若干ガッカリした顔で応じる。
フェリーペはハイフェッツと果心居士の二騎と共に先に進んでいく。


「さて、どうしたもんか……」
入口からしばらく進んだ頃、先に進んだ三名は複雑に入り組んだ分かれ道を前にして困惑していた。
「マスター、少し待っていてください」
ハイフェッツが分かれ道の前に立つ、そして手に持つヴァイオリンを弾き鳴らす。
───♪
単調であるというのに引き込まれる、天才性を遺憾無く発揮した演奏が洞窟の中に反響する。
「うーん、今の音を聞く限り……右の道を伝っていくと広い空間に出るみたいですね……恐らくはそこが魔術師の拠点かと」
「凄いな、今の演奏だけでそんな事まで分かるのか?」
「音楽を嗜む者ですから、これぐらいは……」
「それじゃ、俺は一応他の道の方にドローンを送っておくぞ。ついでに先回りして魔術の罠とかを解除しておくな」
「果心居士……いつになく行動的だな」
「(流石にマスターをきっちり守らないとメンテーに悪いのと、正直なそこにいる其奴(ハイフェッツ)は昔の俺を思い出して面倒だから出来る限り一緒にいたくないからなんだが)……まぁな」
「えらく溜めが長かった気がするんだが……まぁ、よろしく頼むよ」
「うん……そういう真っ直ぐな目で見られるとキツいが、うんやるだけやるね」
そう言って果心居士は忍者もかくやと言った感じで闇の中へ消えていった。
「じゃあ、果心居士が露払いはしてくれるみたいですし……ボク達も先に行きましょうか」
ハイフェッツの演奏に導かれながら、フェリーペは奥へ奥へと進んでいく。

「そういえば、ハイフェッツは果心居士と仲良いのか?」
ヘルとのこともそうだが、この二人も大概接点を感じられない
「えぇ、接しやすい相手ではありますよ。ベートーヴェン氏は恐れ多いですし、ジュゼッペ氏はボクが演奏をすると部屋にこもってしまいますから、音楽家サーヴァントよりも却って接しやすいかも知れません」
「それは、互いに天才だからか?」
果心居士がよく自身をそう称していたことを思い出す。そしてハイフェッツもその才覚によって座に刻まれた存在だったはずだ。
「そうですね。以前お話した通り……ボクは『音楽家 ヤッシャ・ハイフェッツ』としてではなく、『ハイフェッツ症候群』という病、他者に劣等感を感じさせる天才……そういう霊基で召喚に応じています。マスターもダンスを嗜むのであれば、あるのではないですか?才能の違いや壁を感じたことが」
「まぁ、それはあるよ。他人のダンスを見て『敵わないな』と思ったことなんて数えようが無い」
「ボクはそうした『他者の才能を殺.してしまう天才』ですから。同じような存在と隣にいる方が気が楽なんですよ」
「そういうもんかな……?」
「そういうモノですよ。それこそジャンルは違えど林崎さんも極まった技術という意味では似たようなもので……話をしているうちに見えてきましたね……さて、では気を引き締めて……行きましょう、マスター」
「あぁ!」


「我が海底神殿に辿り着くとは……貴様ら、何者だ……」
洞窟の中でも開けた大きな空洞、そこは魔術師が築きあげた神殿であった。
魔術に精通しないフェリーペですら肌で感じられる程、魔力に満ちた空間。
「カルデアだ……特異点を修復するために、お前を止めに来た。」
「星見……なるほど、さしずめ人理の監視者の類だったか。」
「話が早くて助かりますね。出来れば穏便にことをすませたいところですが……」
「それは無理な相談だ。私はこの神殿と海洋魔術(オーラ・マギア)を以て、この一帯を黎明の大海へと沈める。その潮流を辿り、生命の系図を遡り……根源へと至るのだ。」
「なるほど、陸地を沈める海神の理、その模倣──確かに微小とはいえ特異点を作り上げるだけはありますね」
「然り、我が魔術の秘奥は既に冠位すらも超克している。しかし時計塔の奴らはその出自を認めず、私に典位(プライド)しか与えなかった……故に私は根源へと到達し、奴らを見返すのだ!!」
神殿の祭壇から形成された魔術式が起動し始める。
それに合わせて、ハイフェッツもヴァイオリンを弾き始める。
「見たところ近代のサーヴァントと言ったところだが……我が魔術は神代のソレだ。英霊と言えど人に防げると思うな……告げる、──海は多様なり(ポリ) 地は漆黒にして(メラス) 人は矮小なり(ミクロス) 財宝を抱き(ソロモン) 航海者は此処に(マゼラン) 未知なるを示す(マグラニカ)……神代魔術・誇大海嘯(テラ・マグラニカ)!!」
海底洞窟の岩壁から染み出した海洋の魔力が魔術師の元に収束し、詠唱を終えると共に一気に開放される。
──それは神代の再現。海という死の領域を人の手元に顕現させる瀑布の如き魔力の流れ。

「不味い、ハイフェッツ、回避だ!」
「いえ、マスター……この神殿内では彼の魔術を避けることは敵いません。ここは魔術師の領域──踏み入れた時点で逃げ場などありません」
「じゃあどうすれば……!?」
「心配する必要はありませんよ。マスター、我々は何に乗ってきましたか?アレは『他者の領域を容易く侵害できる船』ですよ」

「ここか!マスター!!」

轟、という音と共にナグルファルに乗ったヘルが岩壁を突き破って現れる。
敵魔術師とフェリーペ・ハイフェッツの間を遮るように現れたナグルファルは敵の魔術を側面から受け止めきる。

「なッッ!!なんだと!!!」
その様を眺めていた魔術師は絶句する。
「冥界の護り、そのようなモノまで貴様らは持ってきたのか……!?」
「えぇ、貴方が詠唱やら身の上話をしてくださったおかげで『音』を通じて彼女に連絡を取ることが出来ました。最も、こんな入り組んだ洞窟から聞こえてきた小さな音を頼りにここまで辿り着く女神の力頼みでしたが……」
「冥府の加護を持つ船を持つ女神……北欧の冥界神、ヘル……!」
「形勢逆転です、これでもまだ続けますか?」
暫しの沈黙の後、男は応える。
「もちろんだとも……むしろ、我が魔術が真に神代に到達しているか、真正の女神相手に検証できる絶好の機会ではないか」
サーヴァントを、冥界の神を前にしながら一切気後れすることなく不敵に笑う魔術師。

「惜しいですね……やり方を間違えなければ……貴方はそれこそ林崎さんのようになれたのかもしれないのに……。ライダー、選手交代です。ココからは私がやります」

ヘルを下がらせ、前に出るハイフェッツ
「何のつもりだ……?私は女神とやり合うのだ。貴様のようなモノに興味はない」
魔術師は強気に睨むがハイフェッツは気にした風もなく応える。
「そう邪険にしないでください。アナタ方が一番見たがっているモノ……その一端を見せてあげるんですから……マスター、気を強く持ってからお聴きください、『其の旋律は病奏となり(シンドローム・シンフォニア)』──」
ハイフェッツが見せたのはなんてことない至極上等な演奏であった。
嗚呼、しかしだと言うのに……
(なんだ、この感覚……これが人間に出来る技巧なのか……?仮にこれが人間の技だとするなら……俺がやってきたことはなんだったんだ……なんの意味が……)
その演奏は酷く心を抉る。『その領域』に達することが出来なければ、生きる意味がない。そう思わせる程に。
そして、敵対魔術師はそれ以上の衝撃を受けているようだった。
「な、貴様……嘘だ……、何故だ……何故、ただの楽師風情が……」
──何故、“『根源の渦』”に触れている!

根源。全ての魔術師が到達を目的とする存在。
それを……特異点すら利用し、人理すら犠牲にして到達せんとするソレを……魔術となんら縁の無い存在が手にしている。
魔術師に対する否定と言って差し支えない。術式を起動することさえ忘れ、魔術師はただその冷酷な旋律に聴き入る他なかった。
「コレはただ……本当にただ偶然、繋がってしまっただけですよ。それはそれとして、今ですよ、果心居士」
「はいよっと」
「ガァッ!!」
その隙にハイフェッツが声をかけると、何処から現れたのか果心居士が顔を出し、魔術師の首筋にチョップをいれる。
すると、魔術師はビクンッと震えてから電源が切れた人形のように容易く意識を失った。
「あとはこの術式と神殿をめちゃくちゃに繋げちまえば、再起不能になんだろ」
果心居士は洞窟を眺めながら、要所要所に手を加えていく。なんだか妙に手馴れているようだった。


「ハイフェッツ、今のは何をしたんだ?」
特異点の解決を見届けながら、フェリーペはハイフェッツに問うた。
「えっと……まぁ、ただ演奏しただけなんですが……この霊基の性質上、そうするだけでボクは相手の心を折ることが出来るようです」
ヤッシャ・ハイフェッツ。
同時代を生きた音楽家達曰く、「彼のいる時代を生きたヴァイオリニスト達は例外なく『ハイフェッツ病』に罹った」という。
今ならフェリーペにもその気持ちが分かる。
畑違いとはいえ才能の違いをここまで見せつけられれば、心が折れるのも必定だ。

「人の才能を殺.す病だからアサシン……だなんて無辜の怪物もいいところですよ。──『ハイフェッツ病』だの『ボクがいるのならば他の音楽家はヴァイオリンを捨てた方がいい』とか散々言っておいて、結局誰一人としてヴァイオリ二ストやめなかったんですから」
「………え?マジで」
「マジ、ですよ。考えて見れば当たり前です。英霊(ボクたち)が続ける理由なんて相対的なモノではなく、絶対的なモノですら。『ダレソレが出来るからと言って自分がやらない理由にはならない』んですよ。ボクの演奏(ほうぐ)はちょっとした気の迷いを一時ばかし増長させるだけよ虚仮威しです」
「『自分がやらない理由にはならない』、か……そういうモノか」
後ろの方で果心居士が何やら反応したようだが、触れないでおこう。
「別にボク達に限ったことなんてなく、あの魔術師だってそうですし。マスター、貴方もそうですよ。只人は天賦の才を前にして折れのうとも、屈しようとも、図々しくもそれをバネにして図太く伸びて、時として天才を凌駕する。だからこそ天才(ボク)の演奏は後世まで残り続けたのですから」

──只人に過ぎない貴方が、英霊(ボクたち)を驚かせる。そんな未来もきっとありますよ。

フェリーペにそう告げた、ハイフェッツはどこまでも純粋な笑みを浮かべていた。
宝物を見つめる子供のように純粋に、彼は只人(ニンゲン)の可能性を──いつか全てのヒトが根源(おのれ)に辿り着く未来を信じていた。

  • 最終更新:2020-02-22 23:44:52

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