弱い人たちは。とくに弱い人たちは。

 ───瞬きをする。その間に生ずる闇は、果たして本当に「瞼の裏側」を瞳が映したものなのだろうか。無意識の内に、夢に潜り込んで、自分にとっては一瞬の出来事と片付け、目を覚ますのではないか。
 瞬きをする。全き闇の中。男が一人。酷く消沈した様子で、何処で誂えたかも知らん服をしとどにして。金縁の丸眼鏡を拭き、次いで髪をかき分け、そして、“こちらに”気付く。

「皆様ご無沙汰しております、エドガー・アラン・ポーでございます…お元気でしたか?あぁそうですか。こちとら先の夢のせいでずぶ濡れのどぶねずみですよ…全く。
何があったのかって?沈没する船の夢に出会すわ、変な動物のいる無人島に漂流するわ、九頭竜のいるどっかのお宮にお参りすることになるわ、竜宮城でご馳走にありつけるわでそれはそれは大変な思いをしまして…え?全然大変そうじゃない?むしろエンジョイしてるだろ?いえいえまさか。動物と仲良くなったり、酒を浴びるほど呑んだりはしましたがそれはそれ。お陰で真っ直ぐカルデアに帰るつもりが二ヶ月ほど留守にしちゃいましたし…まぁ、帰ってもどうせ倉庫番でしょうけど。
大鴉と黒猫?勿論、当然、喧嘩からのはぐれですよ。一足早く帰ってプルートーと戯れてたりするんじゃないですか?
…こうして思考がぶつかったのにこれで終いというのもなんですし、ちょっとした夢のお話と、その解説でもしましょうか。
吁、先に夢想はやや歩くような速さでを拝読することをお勧めします。wikiで探せばすぐ見つかりますよ。そう、その話です。私も思うところがありましたのでね。興味がないなら戻るが吉。なんの意義も意味もない小休止(Intermezzo)ですし。」
「斯うっと、読んだ体でいきますよ?まぁこれ読んだ後に読むでも良いんですけど。
まず、夢について。単純な悪夢ですね。豪華客船にて起こる奇怪な事件。混乱の中で現れた領域外の生命。まるでありきたりなクトゥルフ神話TRPGのシナリオのよう。
私はアレが顕現するよりも結構前に来て豪華客船を満喫させていただいておりましたが、あの青年───郁さん、でしたっけ?彼が来た頃には船内は上を下への大騒ぎで、大半が発狂して海に飛び込んだ後でした。結構地獄絵図でしたよ。豪華客船だったのに静かだったのはそういうことです。
それで、あわやクトゥルh…ではなく、ゲテモノが我々に差し迫らんとしたところで…ん?自己犠牲を図ろうとしていたが、あれは何か意図があったのか?そりゃ勿論。『未知径満ちるは夢の廸(ア・ドリーム・ウィズ・ア・ドリーム)』からの『物質的宇宙ならびに精神的宇宙についての論考(ユリイカ)』で外宇宙にお帰りいただこうと思ってました。私なんかがいなくなったって、痛手でも何でもないでしょうし。
それで、何の話でしたっけ?…あぁそうそう、ゲテモノに転覆されそうになって、ごちゃごちゃ揉めていたら急に七福神的宝船が空から降りてきて、ゲテモノを沈ませて、その余波で結局船は沈没したっていう。
あの時に郁さんが何処かの聖杯戦争でマスターを務める人間で、サーヴァント…恐らくキャスターがいるって分かったんですよね。夢に干渉できるなんて、夢魔かそれに特化した魔術師かサーヴァントかってくらいですし。彼がどうたかは知りませんが、アレはたぶん、魔術とは縁のない人っぽいですから。
キツく当たってた理由?単に大鴉共と喧嘩して苛々してたからです。何か随分響いてたみたいですけど、ああいった態度で戦争に参加すると、大抵ろくなことにならないでしょうから。慈悲ですよ慈悲。
そうして沈没する中で私は青二才のマスターを激励し、彼はそれにより心新たに決意を固めたのでした、めでたしめでたし!」
 本を閉じるような動きをする。だが、声の調子とは反対に、憂惧や不満を混ぜたような色が目に注されていた。
「……で、終わると良いですよねぇ。終わりそうにないって私の勘と経験則が喚いている訳で、私としては折角応援してやったんだから覇者とならずとも生き残ってまずまずの成果を得てほしいところですが。
それでぇっと、夢そのものの話に移らせてもらいましょうかね。
これを御覧になっている皆様ならお分かりになると思いますが、あの夢は私の夢でも郁さんの夢でもありません。お互いに、誰かの夢に紛れ込んでしまったという訳です。一体誰の夢なんでしょうね?
考えられるのは、まずは私たち以外の乗客の誰か。しかし、誰かだとすると、正気を失って飛び込んでいった人の中にその某氏がいる必要があります。夢は見る人が主体となるものであり、主がいなくなれば必然的に夢の世界も失せますから。
そして、あの時飛び込みを図らなかった人はほんの一握りであり、且つ私はその中に夢の主に当たる人物はいないと考えています。何故と言うに、皆モブキャラみたいに輪郭が朧気でしたからね。夢もゲームなんかと同様、当事者(メインキャラ)や乱入者(コラボキャラ)以外のネームレスに労力割くほどの余裕ありませんもん。
さてそうなると、主であるための条件は私たち以外で、そして夢の終わり…宝船が乱入してくるまで意識のあった者ということになります。
さぁはい瞼の裏から夢を見る皆様、暗闇の前でも恥ずかしがらずに、大きな声で言ってみましょう!わからなければ、もう一度読み返してみましょう!夢の主は、さんはい───!」
「───なるほどなるほど。まぁ色々あるでしょう。二ヶ月も放置しておいて急に謎解き要求してくんなよ酔っぱらいとお思いになったりもするでしょう。
しかし、こういう軽い体操なんかも時には肝要です。人間は考える葦らしいですからねぇ。私の知り合いに哲学的ゾンビ結構居ますけど。
そう、答えはクトゥr…ではなく、名状すべからざるタコですね。
え?読んでみたけどタコっぽくない?あんな稚拙な描写でわかるか?真っ当なご意見だと思いますぅ…が、あんなSANの減る化け物を前にして綿密な描写する方が難しいでしょう、ってことでここは一つご容赦をば。
ふんぐるいふんぐるい云々かんぬんと言うように、アレだって寝るし夢も見るんです。たまたま、幾年も見た中で今回はたまたま人間にも理解のできる夢だったという訳です。
最初に申し上げた通り、あの夢は悪夢だったってことです。そう、邪神にとっての。」
「んや?何故執拗にアレの名前を言わないのか?著作権も大丈夫なはずだろって?
…ンフフフ。
……何で私が著作権の心配を今更する必要があるんですか!
能天気なもんですよね全く…。
夢は深層心理などから組み上がり、そして最奥で樹のように繋がっているもの。我々にとって、最も至りやすい別世界。」

「まさか、自分たちは邪神の見る夢には這入らないと?自分の見る夢に、よもや邪神が這入ってこないと?」

「本来、あの手の連中は我々にとって、見てはならず、聞いてはならず、口にしてはならず、知っても、探っても、触れてもならないもの。
TRPGのやり過ぎかどうかは知りませんがね。自分と探索者の分別はつけておくべきです。
少なくとも、「私の世界」では、「私の世界」を覗く限りには。
どうかこのことは、瞼を上げた後にも、努お忘れなきよう。」
「……これぐらいですかねぇ、話すことは。
要は、如何に関わりやすくなっていようと、油断はしないでということです。
私はぼちぼちここでお暇を。いくら倉庫番とはいえ、あまり不在だと心配される───かも、知れない、たぶん、きっと。…されますよね?なにこれ急に不安になってきた。
えぇい、される、されているということで私は帰りますよ!土産話をマスターやフォーリナー連中やラヴクラフト君やゴス卿───もとい、ホレスさんなんかにくれてやりますから!待っていやがれですよ!
…………後はまぁ。郁さんの結末でも探ってみましょうかね。」
「それでは皆様、長々と呑兵衛の戯れ言にお付き合いくださりありがとうございました。貴方の今宵の夢路が良きものとなりますよう。
お相手は私、エドガー・アラン・ポーでした…。」

  • 最終更新:2020-07-12 16:00:28

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