妖術師、子供に懐かれる

開いていた扉を軽く押すと、中から血と瘴気の気配が漂ってきた。
「あー……お取り込み中失礼?」うずくまった影に向かって声をかける。「お前がそこで干からびるまで見つめていても、その肉塊はくっついて動いたりしないぞ」

……さて、どうしてこうなったのだったか。
元はと言えば、裏の伝手で依頼が来たのが発端である。曰く、京都の市内にどっかのアホが自分の魔獣を放したのだとか。
基本的には自分たちさえ良ければあとはどうでもいいカス野郎(その点に関しては俺も人のことはあまり言えない気がする)の集まりである魔術師だが、自分たちの「神秘」が表沙汰の事件になることはどうしても嫌であるらしい。被害に対する表の処理自体は他の奴らがすることになっているが、その魔術師と魔獣を生死問わずひっ捕らえるのが俺に回された仕事だった。
……すでに連続猟奇殺人扱いになってる時点で、秘匿もへったくれもないと思うんが。
で、そんなこんなでターゲットの足取りを調査した結果、たどり着いたのが現在地である。
ひとまず依頼主側への連絡と、警察への根回しを頼まねばなるまい。ぼうっとした様子で蹲っている子供を廊下に引きずり出し、携帯を開いた。

「……じゃ、そういうわけですので、お願いしますね?」
電話を切り、足元に広がる事件現場を眺める。もう少し近くに寄って観察したくもあるのだが、捜査は名目上になる可能性が高いとはいえ、現場保存の観念は尊重した方がいいだろう。
幼い子供であろう部分には抵抗の形跡が見られないことから苦しまずに済んだ事が推定されるが、その両親だったと思われる方はひどいものである。
廊下で子供が放心しているのは魔獣の残り香であろう瘴気に酔ったせいでもあるだろうが、この光景を目にしたことも確実に一因だった。
「狩り、というには悪質だな。……殺すのを愉しみ始めている」
これは、犠牲者が増える前に早く捕まえにいかなければいけないだろう。
近づいてくるパトカーの音にため息をつきつつ、子供に上着を掛けて両腕に「皮手袋」をはめた。


「……ええ……扉が開いていたものですから、おかしいなぁと思ってインターホンを押したのです。そしたら返事がなくって……しかも変な匂いもするものですから、何かあったのかと思って……」
「そこで死体を見つけたと?」
「はい……もう怖くって……とりあえず男の子がいたのでその子を外に出して、警察の皆さんがいらっしゃるまで廊下で待っていましたの」
体を大げさになりすぎない程度に震わせてみせ、目線を下に落とす。
不本意ながら第一発見者となってしまったことで、警察に時間を取られた。これは大幅な時間のロス……と思いきや、依頼主側からのバックアップもあり、俺は事件と全く関係もなく過去の殺人の際にはキッチリアリバイもあった事は証明済み。加えて、一応対象の次の行動は予測できたので割と余裕である。
「……ところで」と、可憐に見えるような動きを心がけつつ口を開く。「あの男の子は?随分と憔悴しているように見えましたが、大丈夫でしょうか……」
目の前に座っている警察官はやる気のある若手であるように見える。そんな青年を騙すという行為にもイマイチ胸は痛まないが、まぁ、今後の作業はバレないように暗躍するのがメインなので彼が機密情報の漏洩で叱られることもあるまい。
警察官は軽く困ったような顔をした後、小声で「ご安心ください。凶悪犯対策のためにメディアには明かさないのでご内密にお願いしますが、ちゃんと警備のついた病院に」
「へぇ……」舌に暗示を載せるようにして、なんでもない事なように尋ねた。「どちらにいらっしゃるんです?」

… … … … … … … … … …

壁に時計は十二時を指している。
暗い中を、ゆっくりと歩いていく影が一つ。窓から漏れる月明かりに看護師の制服が照らされている。
どこか覚束ない足取りで廊下を進んでいった影が、一つのドアの前で弾かれたように立ち止まった。
にい、と笑ったそれは扉を押し開け、そのままの勢いでベッドの膨らんだ部分に向かって鋭い爪を––––––

「……ふ。容姿しか寄せられないようだな。血の匂いがプンプンするぞ?」

–––––伸ばしたところで、その腕は切り落とされた。

… … … … … … … … … …

「思った通り、瘴気を辿って狩り残しを追いかけてきたなァ。お前の知能が低くて助かったぜ!」
床に転がった魔獣をベッドから遠ざける方に蹴飛ばし、首元に刀を突き立てた。かろうじて人に見えていたそれが人ならざる姿に戻るところまでを確認し、これにて仕事の半分は完了である。
看護師に見えるように擬態する程度の知能は発達していたようだったが、動き自体は直線的な獣のそれ。倒す事自体にはそれほど労力を要しなかった。
そもそもこの部屋は現在暗示と人払いにより常人には知覚出来ない状況になっているというのに、それにも気付かず血の匂いを染み付けた体でノコノコと入り込んできたのだから馬鹿である。

「さて、まず夜明けまでに後片付けを……」
「ひ……」
か細い声が部屋に響いた。
振り返ると、先ほどまで疲れ果ててベッドで熟睡していたはずの子供が目を見開いて怯えている。
しまった。
ショックと瘴気で衰弱している状態で無理やり寝付かせて永遠に眠られても困るので、自然に寝付くのを待っていたのが仇となったか。
「どこから見ていた?」
「……あの………さっき……へ、部屋に、誰かが………」
「……最初からかよ……」
俺の体の向こう側に転がっている見たことのない生物に幾許かの好奇の目を向けながらも、血液を見たことによるフラッシュバックであろうか。カタカタと震えながら過呼吸を起こしかけている子供を見ながら高速で頭を回す。
目の前に傷ついている子供がいる場合、自分はどう行動すべきだろうか。––––あの人なら、どう行動するだろうか。
「…………。」
ベッドの方に飛んでいっていた腕を拾い上げ、死骸の上に投げ捨てた。
「見ての通り、怖いものは今死んだ。もう誰も食べる事はない」
ハンカチで手についた体液を拭き取って(臭い体液が染み付いてしまった。これはもう捨てないとな……)、できる限り優しく子供の肩に触れた。
「目が覚める頃には全てが終わっている。全部夢だとでも思って、今は安心して眠っていろ」

元から疲れ果てていることもあり、軽い暗示で眠ってしまった子供に掛け布団を掛け直し、鞄から一体の人形を取り出す。
「……では、野衾一号。俺はこの死骸を持って出るからお前は人避けが切れる朝までに完璧な後片付けをして所定の場所で合流するように」
コクリと頷いた絡繰を背に、死骸に対し遠隔探知の術式を起動した。


… … … … … … … … … …


だから、抵抗するなって言っただろ?
そもそも今回俺は上の方からの依頼で来てるんだから、ここで一回逃げ延びたところでお前が終わってることに変わりはないぞ?
じゃ、ちょっと失礼。たはっ!交通費も出ないシケたバイトだからなァ!これぐらいはバチも当たるまい!

……いいよなぁ、刻印とか回路って。魔術師には勿体無い美しさだと思うぜ。………逆に言えばお前たちの面白みなんてそこぐらいだな。
あ、少しコピー取るだけだから心配するな。本体はちゃんとお前の家の後継に移すように依頼されてるからな。
……ん?そうそう。人形作りの応用で、人体の複製は得意なんだ。もっとも、これは解析をして同じ機能を果たせる人造品を作ってるだけで狭義でのコピーではないが……秘密だぞ?……まぁ、その傷で誰かに秘密を漏らすのは無理だな。

あはは……暴れるなって。無駄なんだから。
大丈夫大丈夫、専用の機体を作らない限りは他人の刻印の運用なんて出来ないし、一子相伝の術が漏れたりする事はないぞ?

じゃ、さようなら。来世があるなら魔術師には生まれないようにしろよ?お前、向いてないと思うし

… … … … … … … … … …


「……ポルシェ………」
ぼうっと立ち尽くし車を眺めている子供に、「何か問題が?」と言いながら乗車を促す。

さて、今一度。そう、今一度。どうしてこんな事になったのであったか。
全てはガソリン代もロクに払わない上に支払いもイマイチしょっぱい例の雇い主どものせいである。
しくじった魔術師および魔獣の始末と、刻印の剥奪・受け渡し。自分に任された業務は本来それだけのはずであった。だというのに、結局ガキを一人連れ帰る羽目になった理由は、奴らの無関心にあることは間違いないのだ。
被害にあった高円寺家の生き残りである少年のショック状態と体調不良が長く続いている………という情報が入ったのは比較的すぐの事だったが、もとより理由が呪詛じみた瘴気汚染である事はなんとなく予測できていた。だから「後始末として、その子の処遇もなんとかなさいませ。迷惑をかけたら賠償をするのが筋というものでは?」と依頼主側に提言はしておいたのだが……奴ら曰く、「病院側には未知の病気ってことで納得されてるみたいだし、別に死なせても秘匿には問題なくない?」という事らしい。
いや、秘匿以前に知的生命体として問題があるだろう。アホか。

そういうわけで仕方なく遠縁の親戚であった過去をでっち上げ、「空気のいい山奥での療養」……という名の後始末を押し付けられた(引き受けたわけではない。本来その責任がある無能どもが受けないのが悪いので押し付けられたで正しい)次第である。
………そういう事に対してある程度対策を取れる腐れ縁がいないでもないが、頼って「わー、やさしいねー」みたいな顔をされるのは嫌なので連絡は取らない。絶対取らない。

「関東まで走るし山も登るから時間がかかる。体が怠いだろうが、道中は毛布をかぶって寝ていろ。到着次第できる限り快適な寝床を用意する。吐き気を催したらすぐに教える事。以上」
後部座席に水入りのペットボトルと毛布を置いて扉を閉めようとすると、「……あの夜の、あれはなんですか」と問う小さな声が返ってきた。
「さァ?なんのことかな?夢じゃないか?」
「夢じゃ、ありません」
「……今考えることではない。話すのであれば準備が整ってからだ」
返事を聞いて、子供が潤んだ瞳を下に向ける。愚図りかけている気配を察知しているが、勘弁してほしい。子供の扱いは苦手である………と思っていたら、ぼうっとしていた顔を自分でペチペチと叩いた後に毛布をかぶって丸くなってしまった。
……警戒されているのは明らかだが、もしかしたらこれから口封じでもするつもりだと思われているかもしれない。あらぬ疑いはかけられたくないので、連れ帰り次第ある程度の事を話そう。

… … … … … … … … … …

……そもそも、旧友の住んでいた土地を少しずつ買い取って拡張した隠れ里(居住者一名)に人間を入れる事自体、あまりしたくなかったのだが。

俺は口封じをするつもりではないしショタコンのマッド犯罪者でもない、と納得させるのに丸一日。
料理でも作ってやろうかと思ったらそもそも食材を保存するための冷蔵庫を持っていなかった事に気付き、慌てて用意したものの買ってきた肉を見たら吐かれた(惨殺死体と一緒の扱いを受けては精肉業者も浮かばれまい)ことでまた一日。
挙げ句の果てには夜中に泣き出すのでいちいち見に行くのも面倒になって朝まで隣で時間を潰す事になったし、合間合間の時間に呪いを少しずつ「吐かせて」もいるので、ここ数日は全く作業に手をつけられていない。
幸い期限の差し迫った依頼は今の所受けていないため、諦めてゆっくりと片付けていくしか無いだろう。
全くもって、前途多難である。



子供–––––書類によれば名前はレオというらしい–––––がテレビに見入っているのを尻目に、オーダー品のネジをしめていく。
現代の正常な児童の情操というものがどうなっているのかは今ひとつ掴めないが、病院の人間に「精神的ショックによる幼児返り」と判断されていた錯乱癖も、ある程度は瘴気のショックであるものと推測される。現に、平熱や精神状態は呪いを「吐く」ごとに比較的安定した。
……と、思う。子供のことはあまり知らないが、多分。

「……あの」
ふと気がつくと、子供が作業机の上に顎を乗せてしゃがんだ状態でこちらを見上げていた。
「何を作っているんですか?」
「……義手。神経接続と関節駆動関連の回路は繊細だから、それ以上手を伸ばさないように」
「…お姉さんは、何をしている人なんですか?」
「質問が多いなお前……人形師だ、人形師。ドールからロボットまでなんでもござれの」
「それだけ?」
「……どういう意味だ?」
質問の意図は理解できている。あの夜の魔獣殺しの件だろう。
「お化けを倒す仕事は?」
やっぱりな。
それにしても、なんだか子供に舐められているような気がしてならない。こんな風に質問をしても問題ない人間だと思われていない限りは、質問ぜめにしようなどと思うはずもない。
……うむ。やはり一度立場というものを教え込むべきではあるまいか。ついでに、質問責めから抜け出し趣味と仕事に時間を使う本来の生活へ帰ろう。

「………知りたいか?」と問うと、子供が顔をぎゅっと硬くして「はい」と言った。

… … … … … … … … … …

締め切った部屋は、蝋燭の灯りのみが照らしていた。用意した紙にサラサラと筆を走らせていくと子供が興味深げに顔を寄せてきたが、筆につけた薬の臭さに顔をしかめるとそのまま元の位置に戻っていった。
「……くさい……なんですか?それ」
「自作の自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)みたいなもの……と言ってもわからないな……
 ……絶対に破れない約束みたいなものだ。まぁ、まずは手を握れ」
ちょうど、紙の上で手を繋いだ形になった。
「今から俺がお前に教える内容を、お前は決して一般人に伝えることができない。その代わり、俺はお前の質問に対し虚偽の答えを述べない。」
「きょぎ?」
「……嘘をつかないってことだよ……さて、さっさと質問をしろ。ただし、くだらないことを聞いたら即座に打ち切る」

子供が逡巡している様子を見せた。大方何を聞こうか悩んでいるのだろう。しばらくの沈黙の後に、「お姉さんは、何をしている人なんですか?」と、先ほどと同じ質問が帰ってきた。
「……人形師。妖術師。道具屋。……ああ、後よっぽどの事がない限りお断りだが暗殺者もか。有り体に言えば何でも屋だな。
 あと、お姉さんではない。一応男だ」
「………おとこ?」
無言のまま、手にはめていた人皮偽装用手袋をずらして機械部分を見せる。「見た目なんてなんとでもなる」と言うと、少々腑に落ちない顔をしたまま「わかりました」と返された。

「それと、質問……ええっと……ぼ、俺の……家族を………ころ……」
現場の恐怖を思い出したらしく震えている子供の手を掴みながら、先取りで「お前の家族を殺したのは魔獣だ」と声をあげた。
「……馬鹿な魔術師が逃した獣だよ。それの後始末をするために、俺が呼ばれた。お前の家にたどり着いたのもそれを追ってのことだ。
 病院で見ただろう?あれだ。俺が殺した」
……しまった。幼い子供に対し死んだだの殺しただのの話をするのは良くなかったであろうか。
教師のようなことをしていた、古い友人の顔が浮かぶ。なんだか草葉の陰で怒られているような気がしてならないが、真面目に考えればどこぞの仮想空間上に死後の世界なんてものが存在しているとすればあいつは俺のところなんて来ずに主人のところに行って離れない気がする。よし、セーフセーフ。

「魔術師って、ほんとにいるんですか」
「いる。いっぱいいる。ただし、魔術という分野はたくさんの人にバラすと成立しなくなる事から影でコソコソ隠れてやっている。お前たちが知らないのはそのせいだ。お前がテレビで見ている中にも、魔術師やその関係者はいるもんだぜ。
 俺も………まぁ、そうだな。分類するなら『魔術使い』になるかもな」
そう。妙な奴らはは意外といろんなところにいるものだ。アイドルをプロデュースしてたり、OLをしていたり、会社社長だったり。俺が知らないだけで、もっと息が長いやつらもいるかもしれない。いるとしたらぜひ見つけたいものだ。面白そうだし。

「あぁ、お前に苦い薬飲ませて、吐き出させると黒くなってるやつあるだろ?あれも魔術みたいなものだ。あの獣が出したよくないものをお前が吸い込んだから、吐き出させて治療してる」

子供がぱちぱちと目を瞬かせている。
「……わからない事がたくさんありすぎて、質問ができません」
「…………だろうな」
「でも……これだけは、聞きたくて……」
消え入りそうになっていく声に耳を澄ませると、「……どうして、助けてくれるんですか?」と聞き取れた。

どうして。
その質問を受けるとは思っていなかった。
……不思議なものである。現代の人類種というのは相互互助を美徳としているゆえに、子供が助けられるのは当たり前であるはずなのだが。
「俺は……」こちらに不安げな目を向けた子供に対し、ゆっくりと語りかける。「……俺は、あの最低なやつらとは違う。迷惑をかけたのであれば、誠意ある賠償をするべきというのが人界の常識であるはずだ。ゆえに、奴らの代わりに説明責任と賠償を全うする」

「………」子供の視線が突き刺さる。なんだか、真実を述べているというのに疑われているような気分だ。
「質問は以上か?そろそろ、良い子は寝る時間だ」

… … … … … … … … … …

なんだかんだで三ヶ月がたった。
子供の様子だが、最近は生っぽい肉汁溢れるものでなければ肉も食べられるようであり、毎晩だった夜泣きも最近は少しはマシになっている。

魔術について説き住む世界の違いを説明したというのに、不思議なことに、子供の反応は驚くほどに変わらなかった。
……むしろ、俺のやっている仕事を邪魔はしない代わりに、やたらと興味を持って近づいてくる。手伝いを言いつけることを要求されることもあった。
魔術師に殺された親の代わりに正当な教育と娯楽を与えることが賠償なのだから、少し欲というものを出してもらわないと困るのだが。

「ほら」
目の前に皿を置くと、子供が目を見開いた。
「これ……ケーキ……」
「今日はお前の誕生日なんだろう?プレゼントについては、欲しいものがわからないから後でカタログの中から好きなものを選べ」
書類に書かれていた情報を頼りにしたものだが、正解だったらしい。
なんの変哲も無いただのショートケーキなのだが、机の下に楽しげにブラブラと揺れる足が見える。
「うまいか?」
「はい!……これ……手作りですか?」
「あぁ」
机に軽く寄りかかって、満足げにケーキを頬張っている子供を見つめる。八割ほど食べたところで、子供がモジモジとしながらこちらを見上げてきた。
「ら…………来年も、作ってくれますか?」
来年?
「その頃には、お前はここにいないだろう?……あぁ、届けろという意味ならそうしよう」
鮮度は気になるところだが、作って持っていく事自体はそこまでの手間では無い。普段のタスク量から概算しても、問題ないだろう。

……ふと、目の前の子供の顔がどんどん青白くなっている事に気がついた。
「……どうしてですか?」
「お前は、治りきったら然るべき施設に行くだろう」
「……邪魔……だから……?」
何やら会話が噛み合っていないような気がする。ここは今一度、ちゃんと宣言しておくべきだろう。
「……俺は魔術使いだぞ?お前の家族を殺した奴らと同じだ」
「でも……かのんさんは酷い人じゃありません!」
「お前がそう見えるところをまだ見ていないだけだろう?」
「ちが…います……」と、弱々しい声が下から聞こえる。「ちがいます……」
「何も違わない」
とうとう、子供が胸元に顔を埋めて泣き出してしまった。

困ったことになった。
このガキの理論を砕くためには、俺はコイツを酷い目に合わせねばなるまい。魔術の素材に使うとかそういう事をすれば実証になるであろう。
だがしかし、近年は技術の発展もあり死んだ人間すら必要ないというのが現状である。そもそも生きている人間は使ったことがない(必然性がないし非効率的である)しこれは不可能だと判断していいだろう。
ならば普通に虐めれば良いのだろうか?
だが、弱いものいじめをして楽しむというのは三下の特権であるので、天才たる俺はそのようなことはできない。
俺ともなれば素の状態で行動しているだけで周りの人間が自らの才覚の足りなさに絶望し嘆き苦しむわけだが、そんなできて当然のことをしても俺は楽しくもなんともないのである。
そして、たかが年齢一桁のガキを言い負かすためだけに楽しくない事をするのはナンセンス極まりない。
と、いうことは。
「あれェ………もしかして……俺、詰んだ?」
反証が用意できないではないか。これは、本当に困ったことになった。

子供が泣き疲れて寝落ちしたことを確認し家の裏手に出た。木の下に座って瞼を下ろすと、山奥の(環境音は大目に見て)静けさも相待って集中して物事を考えられる。
泣き声が聞こえればすぐに駆けつけられる位置なので、問題あるまい。

考えろ、俺。
この状況を打開する策を……
…………
………………
……………………。

「……よし。」
たっぷり一時間は熟考した後、諦めて携帯を開いた。
「わからない事は他人に聞く」とは、これ即ち人類の美徳。俺だって少しは学習する。ちょうど餓鬼の考える事に詳しそうな生き物を一匹知っているところだし、止むを得ない事情なので仕方あるまい。

『………バカじゃないですか?』
……電話の向こうの声が呆れ果てているように聞こえるのは気のせいだろうか。
『「なんで」とか……そういう事はですね……………はぁ…ゆっくり、自分で考えてください。あなたの為にも、あなたの友人の為にも、そしてその子供の為にもそうした方がいいのは確かです』
しかもものすごく言葉を選ばれている気がする。もしかしたら夜中に電話をかけた事にイラつかれているのだろうか。だからと言って、こんな仕打ちを受けるいわれはないと思うのだが。
しばらく会話をしたが、相手の返答は「自分で考えろ」の一点張りであり、結局有効な情報は聞き出せなかった。

一つだけ、言いたい。

………自分で考えてわからないから聞いてるんだろうがこのアホ狸–––––!!!!

… … … … … … … … … …

ひとしきり文句をつけ、そうしていても無益だという事には気づいていたので工房で作業をして……
……気がついたら夜が明けていた。時間というのは得てしてわからないものである。考えるのが面倒になって先送りした、とかそういうことではない。

居間にしている部屋に入ると、子供が机に突っ伏している。
「あたま、いたいです」
「びーびー泣くからだ。……そら、水。これ飲んで、顔洗え。少しはマシになるだろう」
子供はこちらが渡した少し開けた状態のペットボトルからコップに水を注ぐと、ちびちびと水を飲みながらこちらを見上げてくる。
「……どうした?」
「………考えました。」
そういうなり、子供がこちらに勢いよく向き直って掠れた声で「誕生日プレゼント!……魔術を教えて欲しいです!」と言った。
「………………………………は?」
「……うぅ………教えてもらわなくてもいいです……手伝いでもいいです………でも、元気になったからってお別れは嫌です!ここに置いてください!」

何を言われているか、理解できなかった。
当然のことを当然のようにされているだけだというのに、どこに執着する要素があるのやら。
或いは非日常に対する憧れなのかもしれないが、自身の身内を食い荒らした物に対してであるならばむしろ離れたくなる物なのではないだろうか?
突っぱねる事は簡単だろう。だがしかし、ここで突っぱねるのは昨日言われた「自分で考えろ」を放棄する事になり、即ち敗北を意味する。それは少々不愉快だ。

「……後悔しても知らんぞ」
「…やった!頑張ります!いっぱい頑張ります!」

掠れた声を張り上げたせいか咳き込み始めてしまった子供を尻目に、内心で頭を抱える。
これだから、子供の考えている事はわからないんだ––––––

  • 最終更新:2020-02-25 22:49:11

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