堕天の魔狼王召喚

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――――」
「――――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
錫久里亥狛は全身を苛む魔力の躍動を堪え、迸る閃光の先を見据えた。
 触媒たる聖遺物はない。相性、縁で引き寄せる召喚の儀式だった。
「っ……!」
 光の中に影を亥狛が観た、その瞬間―――亥狛から声を奪い去るほどの激烈な波動が出現したことを知覚した。
 その姿は灰色の狼であった。ただの狼ではない人狼だ。背中を丸めた前傾姿勢、殺意に染まり炯々と光る瞳など、魔獣にも見える異形であった。
 それを前に、亥狛は硬直して動けなくなっていた。まるで蝋人形にでもなってしまったかのように、彼はその場で立ち尽くしている。
 人狼たる亥狛は擬態した今は表出していないはずの体毛が全身逆立つような錯覚を思える。同じ人狼であっても自分では到底太刀打ちできない、雌雄を決するという土俵にすら入れないだろう相手、それを感得していた。
 頭がおかしくなる重圧に、眼が、腕が、身体が軋むような痛みを覚える。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
 怨嗟に穢れた咆哮で大気を震わせた。狂獣の咆哮が自分への誰何の意味であると、亥狛が感得したのは、マスターとサーヴァントの関係だからか、あるいは人狼同士だからか……
「お……」
 もはや発狂寸前に陥りそうな精神を、亥狛は瀬戸際で防ぐ。それでも今すぐ舌を噛み切ってしまいそうなほど。
「あ、俺が、マスターだ。バーサーカー。ほら、令呪だってあるぞ」
 そう言って右手を翳す。
 令呪を見つめたバーサーカーは納得したように頷く。まったく知性がないわけではないと、亥狛は安心する。
「■■■■■■■■■■■■―――――――ッ!!」
 呼吸する破壊衝動のごときバーサーカーに、畏怖だけでなく味方である安堵の思いを亥狛は抱いていた。

  • 最終更新:2019-09-16 22:44:17

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