吸血鬼と人狼 7


「初見。不明。誰何。お前、ら、何者、か」

白い人狼が、口を開いた。どころか言葉を発した。いかつい見た目に似合わぬ細くて高い声。どこか不慣れな、単語を並べただけのような喋り方。
「(……喋ったー!?)」
「(当然喋るでしょう。"人"狼なんですから)」
「(いやそうだけどわかってるけどそれでも目にすると感動モノというか)」
「(その感動はまるで伝わりませんが)」
喋れる、とわかったのであの白い人狼さんに悟られないよう小声でぼそぼそと言葉を交わす。魔術師同士なら念話ができるんだけど、聖堂教会のヒト相手にできるかわからないんだよね。
「(このまま何もしないわけにもいかないし、私ちょっとおしゃべりしてきます!)」
「(非戦闘員のガイドの自覚をもって黙っていなさい。会話も戦闘も私だけで対応します)」
「(えーケチー)」
「(今からでも帰りますか)」
「(イエ、ハイ、下ガリマス)」
「不要。二人同時、会話、支障なし」
白い人狼が会話に割り込んできた。……え、もしかして全部聞かれてた?
「「…………」」
「沈黙、要求、無し。閉口、何故?」
そしてなんでもないように話しかけてくる。なんか……気さく? 私たちって向こう側に立って見ると侵入者とかそういう風に見えてくると思うんだけど。
「……会話は成立するようですね。貴女は少し下がっておきなさい」
「……はーい」
私もおしゃべりしたいとかもっと奥に行ってみたいとか色々不満はあるけど空気を読んで黙る。
見たいもの知りたいものを全部壊そうとしたりしたら黙ってられないけど。
私が一歩下がるの見てからジルが一歩前に出る。
「私は聖堂教会から派遣されて来ました。ジル・セレナードと申します」
「セイドウ、キョウカイ……初耳。未知。無知を、謝罪」
「いえ構いません。それでアナタは何者で、ここで何をしているのですか」
「名称・無し。目的、待機・管理。と、された」
「管理と言いましたね。いったい何を管理するのですか?」
「人狼」
「この下水道にいる人狼すべて?」
「肯定」
「道中、アナタの言う人狼に数回襲われましたが、あれもアナタの指示だと?」
「……それは、謝罪。そして訂正。管理、は、過去のみ、現在は」
「アナタの管理下から外れている、ですか?」
「……肯定」
しゅんとした様子でジルの言葉を認める。よく見れば三角にとがった耳もぺったんこになっていた。
おどろくほどあっさりと白い人狼はジルの質問に答えていっている。言葉も挨拶もなく襲ってきた人狼たちとは大違いだ。
鼻をヒクヒクさせたかと思えばしゅんとした様子に申し訳なさそうな空気もプラスされた。
なに、なんなのどうしたの。
「……同行者、血臭、付随。負傷、確認」
人狼の口からそんな言葉が漏れる。
匂いだけで私の怪我の具合を看破したらしい。すっごい、さすが人狼。
「負傷を、謝罪」
ぺこり。
そんな音がしそうなほど丁寧に頭を下げられる。
ついには直接関係のない私の怪我にまで謝られてしまった。まって。、まってまって。
「いや、いやいや頭上げて! コレ自業自得みたいなものだから」
「否定。人狼、行動、その責任、私に、在り」
ああ違うんですゴメンナサイ、この怪我は人狼じゃなくてそこの怖いおねーさんがやったんです。
「ここにいる人狼が誰の管理下にもないのなら」
怖いおねーさん───ジルが会話を遮るように言葉を続ける。白い人狼もまた頭を上げて視線を私からジルに移す。
「アレはもはや人を襲うだけの害獣です。駆除すべき、と判断します」
「道理。……されど、容認、不可」
「容認などしなくとも構いませんよ。あなたも駆除対象に入ってますから」
言葉を受けて白い毛並みがざわりと揺れる。き、き、き、と爪が音を立てる。眼差しが人から獣のそれに変わっていく。
獣の視線に射抜かれながらもジルは平然としていた。その佇まいは今この瞬間も彼女の日常のワンシーンでしかないのだと物語る。
ジルが音もなく左右の刃を手に取り、ゆるく構える。
代行者と人狼が相対する。数千年前から繰り返されてきた因縁の殺し合い、そのひとつが始まろうとしている。
私はその殺し合いを
「ちょちょちょ、ちょーっとストーップ!」
ジルと白い人狼の間に身体ごと割り込んで止めていた。
びくん! と反応する白い人狼。対してジルはまったく動かない。
「……下がっておくようにと言ったはずですが」
意識も視線も人狼から外さぬままジルが言う。うわ、ちょっと怒ってる。
「うん言われた! 言われたけどちょっとだけまって!」
「待ちません。自殺まがいの行動を取る人の話も聞きません」
「いいから聞いて! とにかく人狼たちを管理できればいいんでしょ!?」
「まるで貴女が管理するかのような言い方ですね」
「うん、するよ!」
「……」
ジルが黙り込む。どれだけ本気なのかと見定める視線。
肩越しに背後の白い人狼を見やる。警戒こそしているものの殺気は弱まっている、たぶん。うん、まだ大丈夫!
「この人狼は死徒じゃなくて魔術から生まれてる。なら、その大元の魔術さえ握れれば、」
「管理できるとでも?」
「たぶん!」
「……それで?」
「そのためには元になってる術式を見つけなきゃいけなくて、だから色々壊されちゃ困るというか」
「…………貴女、私が仕事を終える前にここを調べ尽くしたいだけでしょう」
「…………………………………」
バレてる。
バレてた。
「そもそも見つけたとして。貴女にその術式を手懐けるだけの実力がありますか?」
「そこはホラ、私の将来性を信じて!」
「聖堂教会の人間に、時計塔の魔術師を信じろと言いますか」
「そ、それ言われると困っちゃうんだけど───」
「───時計塔?」
時計塔、というワードを聞いて沈黙していた白い人狼が動いた。落ち着きがなくなったようにそわそわして尻尾が小刻みに揺れている。
何度も時計塔、時計塔と繰り返すその姿は、どこか、嬉しそう? 表情なんてわからない狼の顔に浮かぶ笑顔が、かすかに見えた気がした。
しきりにまばたきを繰り返しながら、私を指差す。
「質問。確認。お前、時計塔、魔術師?」
「? そうだよ。私は時計塔の魔術師。時計塔、知ってるの?」
「……………肯定。時計塔、既知。はじまりの、時から」
「はじまり?」
「主人(マスター)の、巡り会い。ようやく───」
「え」
「殺せる」
獣の視線が私を射抜いた。
「下がって!」
ジルの警告が届く前に白い人狼は動いていた。
右の五本と左の五本、合わせて十本のぎらりと光る爪が私に向かって伸びてくる。
短く漏れる呼気が、最短距離を駆けるべく伸縮する筋肉が、私の命を貫かんと伸びてくる。
でも、見える。
『強化』された全身が目の前の危険を察知している。同時に、身体も反射的に動いていた。
後ろになにがあるか、なんて考えない全力のバックステップ。ただ迫る爪からわずかでも離れるための一歩だった。
視界がスローモーションになる。爪が離れて、身体が離れて、人狼そのものからも少しずつ少しずつ離れて───否、離れない。
離れられない。
迫る爪からはわずかに離れることすら許されなかった。
大きく下がる私に完全に合わせた一歩で踏み込んでくる白い人狼。踏み込みから一切ブレずに連動する両の爪が見えた。
両の爪から、私を守ろうと割り込む人影も見えた。
人影が強引に身体ごとねじ込ませて片手の爪を防ぐ。キレイな赤色が舞った。
もう片方の爪は、間に合わない。
スローモーション。
命が終わる、その瞬間に。

『第一陣(ファースト) 解放(リヴェレイション)!』

誰のものとも違う呪文が聞こえた。
気がした。

  • 最終更新:2021-09-11 21:57:14

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