吸血鬼と亡霊 8

「はぅあっ!」

 自分でもどうなのかと思ってしまうすっとんきょうな声と共に体を勢いよく起こす。ぱちぱちとまばたきを数回。
「……あれ?」
 今の自分の状況がよくわからない。私、なにしてたんだっけ?
 自分の身体を見下ろせば見慣れない服を着ていた。柄もなにもないクリーム色の、上から下まで一体になっているらしい服。
 なんて言うんだろう、えーと、あれだ。入院患者さんが着ているようなあれ。あんな感じの服を着ている。
「……」
 そして気づく。私はどうやらベッドに寝かされていたということに。
 入院患者さんが着るような病院服? 病衣? を着てベッドに寝かされていた。…………私、入院してる? なぜに?
 がんばってなにがあったか思い出そうとしていたところに、声がかかった。
「やっと目を覚ましましたか」
 ベッドのそばの椅子に腰かけて私を見つめる金髪紫眼の少年。メレクだ。
「あ、あれ、メレク?」
「はい。どうしましたか」
「えーと……私、入院してる?」
「安静にとは言われましたね。こんな場所に入院なんて絶対に御免ですが」
「こんな場所って……」
 こんな場所…………見回してみれば味気ない無地の壁に囲まれた景色が映る。まるで病室……というより病室そのもの。ベッドは私が寝ているもの以外見当たらないから贅沢な個室だ。
 病室……病棟……そうだ、ここはガブリエール家の本拠、死霊病棟だ。
 そう、ここは死霊病棟で……………で…………。
「あーーーーーっ!!」
「……なんですか。急に叫ばないでください」
 思い出した。思い出してしまった。
 血を吸った結果というかなんというか。とにかく、あの手術室で"灼血"を暴発させてしまったんだった。
「わ、私っ、爆発させちゃってっ!」
「思い出せたようでなによりです。では、まず落ち着きましょう」
「う、うん、落ちつく」
 すー、はー、すー、はー、と深呼吸。よし、落ちついた。落ちついたに決まってる。
「で! どうなったの!?」
「落ち着けと言ったでしょうに。……ひとまずあの場にいた全員は無事ですよ。僕はもちろん、アリウム・ガブリエールもね」
「……はぁ~~~……」
 安心からか気の抜けた声がなが~く漏れる。本当に安心した。半分事故のような形だとしても、メレクやアリウムを灼いてしまうようなことにならなくてよかった。
 まぁ、アリウムは使い魔だったから命がどうこうなることなんてないんだろうけど。
「そういえば、あの時メレク結界張ってくれてたっけ。ありがとうね」
「お礼を言われることでもないですよ。なにせ被害がゼロなわけでもありませんから」
「えっ。わ、私なんか壊した?」
「元第一手術室でしたか。あの部屋は全焼しました。炎そのものは二枚の扉に阻まれましたのでご安心を」
「おぅ……」
「当然ながら部屋の修繕費も請求されています。僕が立て替えておきましたのでルナの借金に上乗せしておきますね?」
「おぉぅ……」
「あとはルナの着ていた服ですね。ほとんどが焼け焦げていました」
「…………うそぉ…………」
 ああだからこんな病院っぽい服を着ているんだ……ていうか私の服燃えちゃったのかぁ……えぇー…………。
 どうしよう、思ったよりショックが大きい。
 とはいえ自業自得なので文句があるわけもない。でも借金が増えてしまうのはやっぱりつらいし服が燃えちゃったのは悲しいので私は心のままに呻いた。
「ぅぅぅあぁ~……」
 呻いているうちにだんだんと血の味を思い出していく。
 熱くって、甘くって、なんどだって欲しくなるあの血液……メレクから吸った血はただただおいしくて、気持ちよかった。
 …………。
 ……。
 うあー! なんか顔が熱い! なんでだ!
「傷心中のようですが」
「ぁぁあ~……え? なに?」
「紹介しておきたい人物がいます」
「へ? 紹介?」
「体調が万全でないなら下がってもらいますが……」
「今からでも私はいいけど」
「わかりました」
 紹介する必要がある人がいまさらいるのかな。ここの当主であるアリウムとは一応話がついたはずなんだけど。
 私がそんなことを考える間にメレクが扉の向こう側に呼び掛けた。その人物はずっと部屋の外にいたらしい。
 ほんの少し間をあけて扉が開く。その人物は入ってくるなり大声で自己紹介をした。

「はじめましてルナさん! お二人の案内係を任されました、セダム・ガブリエールと申します!」

 若草色の癖っ毛が目立つ男の子だった。あちこち擦り切れた白衣に包まれた体は、それなりに大きい。
 血色の悪い肌とは対照的に亜麻色の目がキラキラと輝いて私を見つめている。
 初対面、だよね? なんでこの人はこんなに熱心に私を見つめているんだろう。それとも世のお世話係なる人たちはお世話対象を見つめないといけないのかな。
「うん、はじめまして……よ、よろしく?」
「はい! よろしくお願いします!」
 声おっきい。ものすごく張り切っている。熱意と喜びがぎゅんぎゅん溢れているのを感じてしまう。
「メレク、この人が紹介しておきたい……人? お世話係って?」
「さぁ。実態はお世話係兼監視役というところでしょうが」
「あ、なるほど。……あれ? でも……」
「どうしました?」
「うん、ちょっと……ねぇセダム……くん? さん? は、私たちふたりのお世話係なんだよね?」
「はい。その通りです」
「それって私たちだけ? クチサキは入ってないの?」
 私とメレクと一緒に入ってきたあの黒髪の男クチサキ。あのいかにも怪しげな人を放っておくのはアリウムが良しとするんだろうか。
 お世話というか監視ってことなら私たち以上に必要な人間な気もする。
「クチサキ様のお世話は必要ないと言われております」
「……わぁ」
「付け加えるなら、監視はお二人以上に厳しくされているとのことです」
 お世話はされないし監視は厳しいしでかわいそうなことになっていた。
 でも、まぁ、クチサキとアリウムをやりとりを見るに前からなにかやらかしているみたいだし、当然の対応なんだろうなぁ。
 というかサラッと私たちも監視しているよって自分から言ったね、このお世話係。
「ボクとしては、クチサキ様よりもルナさんを見ていたいので望むところなのです! なんの不満もありません!」
「うん……うん?」
 私を見ていたい? な、なんで……? 外から来た人が珍しいとか? いやでもメレクやクチサキは……あれぇ?
「これは、言うべきか迷っていたのですが……」
「な、なに」
「実はさっきの、ルナさんの森での戦闘を見て!」
「あの腕いっぱい足いっぱい顔いっぱいのゾンビとの?」
「ルナさんの魔術も見させていただきました! ボクは……ボクは心が躍りました!」
「そ、そう?」
「はい!」
 キラキラの笑顔を向けて語るセダムを前に、口元がにやけてしまいそうなのが自分でもわかった。
 やばい。うれしい。私の魔術を見てこんな風に言ってくれるのが、こんなにもうれしい。
「ちなみに……どういうところがよかった?」
「そうですね……印象的なのはルナさんの魔術に灼かれたゾンビの痕でした」
「ほうほう?」
「現象としてはただ灼いただけ……それにしては効果がありすぎる。炎を浴びた箇所以上の肉体が灰となっていた。まるで吸血鬼が太陽の光を浴びて灰になる、とでも言うか……」
「おぉ……」
「なのであの炎はただの炎ではないと考えました。ルナさんの扱う魔術は、死霊魔術などのような枠組みにあるものに特に効果的なのではないですか?」
「すごい! 正解!」
「やったっ!」
 白衣のお世話係は両手で小さなガッツポーズをつくる。
 その姿が本当にうれしそうで、なんとなくいいなと思ってしまった。
 この人は───この人も、魔術が好きなんだろうなぁ。
「いや、うれしいな……ボクがちゃんとルナさんの魔術を理解できててうれしい」
「私もっ、私も一回見ただけでこんなに理解してもらえたのはうれし……あ、いや、魔術師なら見破られたのはダメ、かも?」
「そんなことはっ。ルナさんが本気で編んだ魔術式ならボクにはきっと見抜けない」
「それこそ、そんなことは、」
「──────こほん」
 咳払いが、ひとつ。
 メレクがこの場をまとめるようとする。
「ずいぶんと盛り上がる自己紹介ですね? とにかく、それは置いておいて明日のことを───」
「置いておけないよメレク!」
「そうですよメレク様!」
「……は?」
「死霊病棟の人と魔術談義なんて滅多にできないんだよ!? 絶対置いておけない!」
「ボクもっ、外部の人とこうして語り合うことはそうそうありません! 貴重な機会なんです!」
「メレクも一緒に考えよ? ほら宝石魔術と死霊魔術を合わせてなにができるか、とかさ!」
「メレク様は宝石魔術を扱うのですか! 是非とも見てみたい……! あ、いえ家伝の魔術を明かせとは言えませんが」
「じゃあ普段私の前で使ってる魔術を見せてもらうのはどう? アリ? メレク?」
 鼻息荒く、ぐいぐいぐいと興奮しながら話を進めていく私とセダム。その光景を見てか、メレクがこれでもかと言うほど大きな溜息をついた。
「……同種の魔術好きが出くわせば"こう"なるんですか。厄介な……」
 右手で額をおさえて、渋面を作りながらこの一言。ちょっとだけ心外。そして構うもんか、盛大に巻き込んでやる。
 喜びと興奮とちょっぴりのイタズラ心を胸に、私はメレクを強引にセダムとの魔術談義に巻き込んだ。
 魔術談義から次第に死体に効果的な魔術式を作っていく夜を過ごし、私たち三人はろくすっぽ眠らず死霊病棟の朝を迎えることになった。

  • 最終更新:2022-11-30 21:23:29

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