世界は君のためにある

「子牙の爺さんの、結界てどういうもんなの。社守とは違う? なんか修行が上手くいかなくてさ」
銀髪碧眼、土地に選ばれた者の証である神域の色を宿した少年が、老爺と呼ぶにはあまりにも若すぎる青年に話しかけていた。
無造作に最低限は整えた髪、炎を連想させる、金色の虹彩を備えた赤い眼光。血の通わない冷徹そのままが形になったかのような鉄面皮の、美貌の青年。姜子牙。
宮守矢羽々という少年もまた魔に魅入られているだけはあり、人間にしては異質異端の者であったが、彼は更に増して浮世離れしている。
「そうだな、魔力干渉という点では同じだが、私のは領域と言い換えた方が分かりやすいか」
例えば、と言葉を続ける。
「地点を指定して、一定の空間を魔力で満たす。そうするとその空間は魔力が現れている分だけは自分の領域であると言えるだろう?」
「ん、あー、無理矢理に空間を占有して、支配権を確立する訳か」
「そうそう。差異が生まれるとしたら、魔力に概念(意味)を与える部分。どういう形に支配するのか、というところだろうな。社守の結界術は建築魔術を経由した空間の切り分けだ。正統寄りの、聖域を守る境界線に起源をもっている。対して私の結界は、“一つの閉じられた世界”であっても、魔術回路を分解し魔術式に置換した人体宇宙、小宇宙(ミクロコスモス)の類だ。そうだな……張奎は荒れるから、土行孫か。土府星土行孫、疾っ!」
方陣、シンプルな立方体の呪界、エーテルによって実体化した虫食い穴。ただ現実を蝕むだけの呪いの空間に具体的な方向性が加わる。呪いとは第三要素・精神。すなわち意思の力。空間における魔力の使用方法を決める法であり、世界のルールであると言えた。
「土行孫は……生前の土行孫は、地行術の達人だった。といっても殷の澠池県の総兵官だった張奎よりは練度に劣り、岩は通ることができないし、鋼などの金属類は地行術の天敵などそもそも弱点があったが便利で、稀有な術だった。相手の情報がなかった頃は神出鬼没の恐ろしい相手だったし、味方になってからは頼りになる男だった。お調子者だったが……」
「まるで見てきたように言うねえ」
「揶揄うな。魔力そのものを媒体に降霊をすることで、今、この方陣と定義されている結界は土行孫の性質を得た。この方陣は他の結界と違って地中の中を、土行孫の地行術と同様に行き来できるようになったわけだ」
ふいふいっと舗装されていない公園の地面を通過して、方陣結界が自由自在に上下する。姜子牙の方も操っているという様子ではなく、まるで一個の意識ある生命体のように見えた。
「それって、まるで完全なカタチで宝具を使えるほどの精度で、境界記録帯(ゴーストライナー)を召喚させることは出来ないから、ごく一部と接続(アクセス)するっていう活用方法と似てるね」
「原理的には同じだな。ただ英霊の座と、道教で言うところの神界の違いだけで」
第三魔法“天の杯(ヘブンスフィール)”による魂の物質化が用いられてようやくサーヴァントの召喚に成功しているように、姜子牙には魔法の域の宝具がある。
そう、姜子牙という青年は境界記録帯(ゴーストライナー)そのもの。アラヤの人間霊が英霊という、ガイアの精霊と同等の霊格へと至った者の分け身、サーヴァントなのである。
「いきなり、そういった位階に辿り着く必要はない。結界の目指すべきはそれ自体で完結した異界だが、自分の心象風景をカタチにする様な真似は、大禁呪と呼ばれる程だ。魔術師たちにとっては最大級の奥義であり、魔術の到達点のひとつなのだから」
と言いながら内心では矢羽々少年は、自分と違って天才の類と感じていた。
表層に現れるほど土地の霊脈に選ばれた魔力に満ちた銀髪碧眼に、異常な質の魔術回路を背景にする多彩な才能。そして何より十五歳で完成している世界観。散りばめられた現実、固有結界(リアリティ・マーブル)へ直接的に至らずとも、小さな魔術と大きな魔術を緻密に構築していくことで、同規模の異界を形成することは能力的にも十二分に可能だろう。第五架空要素に異常を来たす、周囲の人理定礎、時空連続体に齟齬を与えるような。
――私が、君のレベルに至ったのは齢八十を越えてからだったよ。
「矢羽々はどんな結界に、世界にしたい。社守雪音君を守れるような?」
「ば、馬鹿かよ!? 雪音は関係ないって。あいつは確かに、俺みたいに正統後継者に選ばれた証もないし、魔術回路も大したもんじゃない。でも、社守の宗家とかそういう環境で頑張っている善い奴が報われないのは嫌ってだけだ。だから、やる」
「なら、確信するんだ。確固たる主観を結界に乗せる。意識の箍を外せ。君の願いを叶えるだけの単一機能にのみ集中した世界をカタチにする――――」
世界はただ、自分の為にあるのだと。

  • 最終更新:2020-07-13 00:06:16

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