プロローグ 2

「今の音って!?」
強烈な音に気付き、俺が立ち上がったのはナウマンとほぼ同時だった。
ナウマンは頭を抱えて考え込んでいる。
「幾らレイシフトの試みが慎重で繊細とはいえ、機器のミス程度で爆発が起こるわけもない……なら答えは一つ、人為的に引き起こされた爆発ってことだな……」
ナウマンは冷静に起こった事象に対しての説明を行う。
「人為的な……って!誰かが爆弾でも仕掛けたってことか!?」
ここは人類の未来を預かる重要な機関であると聞いた。そんな場所に爆弾を仕掛けるなんて一体なんの目的で……いや、それよりも……
「爆発ってことは、俺以外のマスター候補生はどうなったんだ!?レフ教授もだ!」
ここまで響くような爆音。その規模の大きさは容易に推測できる。故にその場に居合わせた者達が無事でいる保証はなかった。
俺はこうしては居られないと個室のドアから出ようもするが……
「いや、お前は待ってろ。レフにも部屋で休んでろって言われたハズだろ?」
声を荒らげる俺をナウマンはなんともないような口調で制止する。
「こんな状況じゃおちおち休んでもいられないだろ!」
俺の怒号にナウマンはあくまで冷静に──冷ややかな目で告げた
「こんな状況だからこそ、だよ。組織全体が混乱した今、勝手も知らない素人に動き回られても困るって言ってんだ。大人しく事が済むまでそこで待ってろ」
その圧に押され、俺はナウマンが個室から出ていくまで、言われた通りに待っていることしか出来なかった……。

ナウマンが出ていってからしばらくして俺の身体はようやく動いた。
「待ってろ……って言われてもな」
ナウマンの意見は正しい。カルデアという組織に精通している彼がああいった以上、俺が動いたところで事態が好転するとは思えない。
それにレフ教授や『センパイ』とは先程廊下で話しをしたきりの仲、他のマスター候補達に関しては顔を合わせたこともない者達だ
仮に逆の立場であったら、わざわざ危険のど真ん中に飛び込んで救いに行く程の縁があるかと言われれば向こうは「NO」と答えるかもしれない
それでも、オレは……知ってしまっている。必死に俺の前で『センパイ』であろうと努めていた彼女を、俺の身を気遣ってくれたレフ教授を
ならば、俺が彼女達の元に駆けつける理由はそれで十分なのだ

(もう誰も……俺の知っている奴が……理不尽に苦しむところを放っておくわけにはいかない……っ!)

それは自戒であり、後悔であり、今は亡き弟に向けたせめてもの誓い。
それを胸に俺は爆発音の発生源に向かって勢いよく走っていった。

「酷い……」
レイシフトを行う室内へと駆け込んだ俺の口から思わずそんな言葉が溢れる。
爆発によって発生した炎と煙が室内を覆い、様々な大きさの破片があたり一面に広がっている。
(他のマスター候補生はいないのか……!)
辺りを見渡す。地獄のような惨状ではあるが、この場に来た以上、何かしないわけにはいかない。
その中で見覚えのある姿を見つけた。
変わった髪色と小柄な体躯、会ったのは一度きりだがこんなに直ぐに忘れるわけもない。
「センパイ!」
思わずそう叫び出す。大きめな瓦礫にもたれかかった『センパイ』が俺の方に視線を向ける。
「君は……後輩……確かフェリーペだったな……。なんでこんな所にいるんだ?」
「助けに来たんだ。こんなとこから早く離れないと……」
俺は彼女の腕を取ろうとするが……
「見れば、分かるだろ……こんなんじゃ、助かりそうもないよ……」
見れば、彼女の小さな身体、その脇腹に大きなガラス片が深々と突き刺さっていた。彼女の見立て通り、その傷の深さと出血を見れば俺が今更何かをしたところでどうしようもないだろう。
──俺は、また間に合わなかったのか……?
そんな思考を俺は首を横に振る。それでも、諦める訳にはいかない。此処にいる限り、俺は何かせずにはいられない。

「そんなこと言わないでくれ……まだ、此処から出れば何とかなるかもしれないだろ。科学も魔術も詳しくないが、もしかしたら……!」
「悪い、もう体もほとんど動かないからさ……此処から出るなんて……もう……」
「センパイ1人ぐらいなら俺が担いででも……」
そう告げるが……
──中央隔壁 封鎖します。
そんなアナウンスが室内に聞こえてきた。
どうやら爆発による被害を食い止めるために施設内の隔壁を封鎖したようだった。
「ごめん、こんなことになって……後輩まで巻き込んで……私は本当に……」
無力感に打ちひしがれる。俺がここに来たことは無駄だったのか……何故、助けに来たはずなのに彼女にこんな顔をさせてしまうのか
もう助からないかもしれない、ならせめて俺がこの瞬間に彼女に出来ることを成すだけだ
「俺は大丈夫だ……それより、何か今俺がセンパイに出来ることはないか?」
センパイは俺の顔を凝視する。その顔色からは驚きと困惑が感じ取れる。
そして少し考え込んでから口を開いた。
「手を……握っててくれないか?別に今更死ぬのが怖いわけじゃないけど少し……寒い」
爆炎が周囲を取り囲むこの状態が暑くはあっても寒いわけがない。
『センパイ』は俺が震えていることにも気付いたんだろう。
目の前で知っている誰かを前にしても無力な己に対しての憤りを感じていた俺を見て、彼女はそう言ってきたのだ。
俺は助けに来たはずなのに……彼女は俺を気にかけてくれたのだ。
(なんだっていい!俺はどうなっても構わない!だからどうか……目の前の彼女だけでも……救わせてくれ!)

自身の中で願いを叫ぶ。その瞬間
──適応番号……フェリーペ・ジョージ・デ・サント をマスターとして再設定します。
機械音はまるで願いを聞き届ける聖杯(がんぼうき)の如く、或いは必死に足掻く俺達を嘲笑う悪魔の如く、ただ淡々と告げる。
──アンサモンプログラム スタート 霊子変換を開始します。
──全行程 完了(クリア) ファーストオーダー 実証を開始します。
その瞬間、視界が真っ白になっていった。





あぁ……理不尽だ。納得がいかない……
人類の未来を担う者の1人としてレイシフトに臨もうと決めた瞬間にこれだ。
思えば生まれた時から理不尽の連続だった。
母は私を産んだ直後に亡くなった。私は魔術師であった母にとって「霊体を宿した状態での生命の誕生」という実験の産物でしかなかった。
その母と死別したあともろくな事がなかった。特異な体質故に霊障に悩まされ、周りの連中からは忌み子として扱われた。
それは私がある程度霊障を克服し、体質を活用して降霊術で頭角を現してからも変わらなかった。いや、むしろ風当たりは強くなった。
私は魔術師の総本山たる時計塔から出奔し、行く宛もなく放浪した。
その行き先でも霊に襲われて……よくは覚えてはいないが、まぁ理不尽な目にはあったはずだ。
様々なことを経て、ようやく安住の地と言えるカルデアに務め、まさにこれからという時にこれだ。我がことながらツイてなさに笑ってしまう。
不条理な運命のもとに産まれ、こんな形で死を迎えるとは……もはや、私の『起源』がそういったものに近いのかと疑いたくなる。
(まぁ、私らしいといえば私らしい最期だな……)
今更助かるとも思えず俯いたその時、何処かから「センパイ」という呼び声が聞こえてきて……。
声の主は後輩──フェリーペ。
少し廊下で話した程度の仲でしかない私に駆け寄り、彼は私を助けようとしてくれた。私の手を取ってくれた。
どうしようもない理不尽の中でそれを共にしてくれる彼と出会った。
諦めていた私は諦められないその男が密かに眩しく見えていた。
──あぁ、そんな顔をするな後輩。さっさと何処かに逃げて、先輩のカッコ悪い所から目を背けてくれ。そんなんじゃあ、ようやくこの人生(ふじょうり)に対して諦めもついてきたのに、私は……
「死にたくなくなるじゃないか……」
そう呟いた瞬間、私の中に眠る『何か』が胸の奥で燃え広がるような感覚が走った。

  • 最終更新:2019-01-02 14:03:10

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