カルデアIF幕間 従者として、相棒として

ここは特異点とも呼べない歴史の小さな歪み、特異点を修復した後の残り香。
セイバー小青(シャオチン)は魔物の群れを相手に一人戦っていた。
さすがはサーヴァントと言ったところか多勢に無勢でも押し潰されず、次々に敵を斬り倒していく。だが降りかかる攻撃全てを捌ききることは難しく、徐々に生傷が増えていく。
そこから少し離れた場所では彼女のマスター平坂英二が戦いの趨勢を見守っていた。彼女に傷がつくたび拳を強く握り、歯を食いしばってとびだすのを耐えている。ここで自分がとびだしても何もならない、むしろ足手まといにしかならないと分かっているからだ。
カルデアでは優秀な人材で組まれた特異点修復チームと彼らが何かあった際にその補填をする補欠に分かれていた。多少の魔術の素養はあるが基本的に素人の英二はもちろん補欠チームである。補欠といっても修復チームに欠員が出るまで仕事がないわけではなく、修復した後にも残る小さな歪みの対処を任される。特異点修復よりも難易度は低いとはいえ、ワイバーン、キメラなどの幻想種、ときにはサーヴァントさえ現れることもあるこの任務は一人一騎サーヴァントをつけられているとしても危険に満ちたものであった。さらに特異点を越えるたびにその危険度は上昇していき、今では今回のように優秀なステータスを持つクラスセイバーである小青でさえ苦戦することも少なくはない。
「はぁ……はぁ……これで最後!」
小青は息を切らせながらも最後まで残ったデーモンを袈裟懸けに斬りつける。
デーモンは断末魔の叫びを上げ、その場に倒れ伏しぴくりとも動かなくなった。
「大丈夫か、今治してやるからな!」
すぐさま英二が治癒のスクロールを携え駆け寄ってくる。
「あたしはサーヴァントだよ?これぐらいへーき、すぐ治……」
過剰にも思える英二の心配に小青は呆れ顔で振り返る。
その時倒したはずのデーモンが半身を起こし、掌から光弾を放った。
「こいつ、まだ!」
身を翻し首を切りつけ今度は完全に息の根を止める。だが時すでに遅く光弾は彼女を通り過ぎ、英二の身を直撃した。
英二の身体は吹き飛び、地面に叩きつけられた。傷口から流れる血が身体の周りに血溜まりを作る。
「マスター!」
小青は顔を青ざめ一目散に彼の元に駆け寄る。
「兄さん!?兄さん!!」
「あ……う……」
朦朧とする意識の中、呼びかける彼女の声に英二は大丈夫だと答えようとするが激痛のせいで言葉にならない。目に涙を浮かばせた小青をなんとか安心させようと逸る気持ちのまま彼は意識を失った。


「……ここは?」
次に英二が目を覚ましたのは美しい湖の岸辺だった。辺りを見回すと背後には森が、向こう岸には中国風の建物が並んだ街が見える。走馬灯か?とも思ったがまったく覚えがない景色だ。
「ここは杭州の西湖、あたしの故郷だよ」
背後から少し沈んだ感じのする小青の声がした。振り向くといつの間にか顔をうつむかせた小青が立っていた。
「シャオ!傷は?大丈夫なのか!?」
「だから言ってるだろ……あたしはサーヴァント、魔力さえもらってりゃすぐ治る。それより自分のことを心配しなよ」
小青は顔をうつむかせたまま苛立ち混じりに答える。
「んー、よく分からんがここがあの世じゃないなら俺は生きてるってことだろ?じゃあいいんじゃないか?」
「馬鹿!」
あまりにもぼんやりした言葉に彼女は英二につかみ掛かって怒鳴った。
「兄さん死にかけたんだよ!?いいや、あの後すぐ助けが来なかったら絶対死んでた!術を使っても全然傷が治らなくて!心配、したんだから!」
顔を上げた彼女の顔には涙が浮かんでいた。よく見ると目元が赤く、だいぶ泣きはらしたことが伺える。
「あ、いや、すこし無神経だった。心配かけてすまん……と、ところでここはどういう場所なんだ?お前の故郷って言うがレイシフトしたわけじゃないんだろ?俺の傷がなくなってるのもおかしい」
そこで英二は自分が倒れた時の寸前のことを思い出し、途端に気まずそうな表情になって彼女に謝った。そして話題を変えようと慌てて現在の状況について尋ねた。
「多分私の記憶の中。マスターは夢を介して迷い込んじゃったみたい。マスターとサーヴァントの間にはよくあるって聞くけど」
小青も謝られたことで一応気が済んだのかいつまでも引きずるよりも事態の把握の方が先決だと考えたのか、一旦彼を放した。
「ほう、つまり藤丸君がよくなるっていうあれか!一回なってみたいと思ってたんだよなぁ」
英二は手をポンと叩きまたのほほんとしたことを言い出した。ちなみに藤丸君とは彼と同じ補欠組だが所長に目をつけられてるせいでいつも訳の分からない問題の解決に駆り出される割と可哀想な少年だ。本人は何か楽しそうだし問題を解決するたびに妙な人脈を形成しているが。
「だーから!そこが緊張感ないって言ってんの!ここで怪我したら生身の方だって危ないんだよ!?……もう、変なところで姉様に似てるんだから」
まるで反省したとは思えない言動に小青は呆れかえってため息をつく。
「いやいや、怖がりすぎるってのもまた危険だと思うぜ?人生何事も経験さ」
「だといーけどね」
「まぁここを出るためにも探索は必要だろ。まず魔力を探ってみようぜ。えーと、よしあったあった、普段身につけてるものも持ってこれるみたいだな」
小青に白い目で睨まれながら英二は懐から折りたたまれた木製の本体に鱗の装飾がついた盤を取り出した。龍麟の式盤、先祖に魔術師がいたらしい彼の家が受け継いできた占い道具で装飾の鱗は龍のものだといわれていた。(小青の触媒になったらしいので本当は魚か蛇だ)魔力を通すことで探し物や魔力の根元を指し示してくれる。開いた式盤に英二が手をかざし魔力を通すと天盤がひとりでにくるくる回りだし一つの方向を指し示す。
「あっちみたいだな」
指し示された方角を指さし、ずんずん進んでいく。
「先行くなっての」
小青も慌てて彼の先へ行った。


「ねぇマスター」
魔力の根元を探し、森の中を歩いている途中、ふと前を歩く小青が声をかけてきた。
その声はどことなくしおらしい。
「ここから出て目が覚めたらさ、あたしを他のサーヴァントと取り替えてもらってくれない?」
表情は分からない、しかし冗談とは思えない雰囲気があった。
「何でだ?」
(こりゃ愛想尽かされたかな……)
内心そう思いながら詳しく聞いてみる。
「あたしじゃマスターを守りきれない。敵はどんどん強くなっていって、危ないときも何度かあった。今日なんてあたしがあいつを倒しきれてなかったせいでマスターは、兄さんは死にかけた。従者失格だよ……」
激化する戦いの中、小青は自分の実力不足を感じていた。
白蛇伝において彼女は主人を守れなかった。後に助けることに成功したという展開も存在するとはいえ、その守りきれなかったという未練がサーヴァントとしての彼女の存在を支えている。
そんな小青にとって仮の主人であっても従者として守りきることは存在価値に近しい。マスターである英二に大怪我を負わせたことは本人以上に彼女の心に大きくのしかかっていた。
「なんだ、そんなことか」
英二は彼女の言葉を一蹴する。だがその表情自体は真剣そのものだ。
「違う、あれは俺が不用意に近づいたからだ。お前のせいじゃない」
「それをいうなら俺はマスター失格だ。お前が一人傷ついてるのに何もできない足手まといだ。今回も俺が自分も満足に守れないせいでお前に余計な心配をかけた」
彼もまた自分の弱さに憤っていた。何もできないくせに余計に傷ついて彼女の重荷になる自分自身に。
「それは違う、マスターは……」
「俺だってお前を従者失格だなんて思っちゃいない。……この話は目覚めた後にまた落ち着いてしよう。今は、前へ進もう」
反論しようとする小青を一方的に遮り前へ進むことを促す。
「……わかった」
その後は二人ともただ黙々と記憶の出口を探して歩き続けた。


歩き続けて数十分二人は開けたまだ轍も新しい道に出た。
「ここが魔力の中心だ」
ひとところを指すのをやめ、くるくる回る天盤を見て英二は言った。
「ここはーーーー」
(ここは姉様と初めて会った場所……)
慣れ親しんだ故郷の中でも一番思い出深い、『白蛇伝の小青』が生まれた場所。盗賊として道行く商人を襲い、金品を奪っていた小青はここで地上に降りて間もない白娘子に退治され、従者になった。確かにサーヴァント小青の記憶の中心としてここよりふさわしい場所はないだろう。
「目立ったものはなさそうだが……」
英二が注意深く辺りを見回す。
その時道の反対側の茂みの奥から物音とともに何かが飛び出し二人に襲いかかってきた。
「マスター下がって!」
とっさに小青が英二の前に出て、その何かを剣で受け止めそのまま弾きとばす。それは宙でくるりと回り、難なく二人の前に着地する。
深緑の瞳、青みがかった黒髪、青と白の漢服、それは小青と同一の姿をしていた。
「何者だいあんた!?」
小青は自分と同じ姿の少女に剣を突きつけ睨みつける。
「あたしは、小青(あんた)だよ」
少女は不敵な笑みを浮かべ同じように小青に剣を突きつけ口を開く。
「?」
小青は訳がわからず首を傾げる
「あんたも知ってるだろう?白蛇伝は民間伝承、無数の類話と派生話が存在し、その全てが白蛇伝で起源もわからない。それら無数の類話、派生話の数だけ存在する小青をその中の一人に統合してできたのが英霊小青」
「あたしはあんたの中に統合された小青の一人さ。そしてここにいるのはあたし一人じゃない!」
少女(彼女の言によれば無数にいる小青の一人)がそう答えると同時に四方八方にずらりと同じ姿、同じ格好の小青が現れた。その全てが敵意をむき出しにして小青をにらんでいる。
「みぃんな総体(あんた)になりたがってる。あんたに替わって表に出たいと思ってる」
「へぇ、それであたしをみんなでたこ殴りにしようっての?あたしとは思えない卑怯者の集まりだね」
どれだけいるのかもわからない自分の群れを見回し、小青は吐き捨てるように言った。
「おいおい、白蛇伝の類話っていや村や町ごとにあるって言うぞ!?その数だけいるってこたぁ……」
「何人いようが構いやしないよ、マスターがここから出るために全員倒すしかないってならみぃんなぶちのめしてやるまでさ!」
自分殺しってのはちょっと気持ち悪いけどね、と彼女は心配する英二に少しおどけた調子で笑いかけた。
「ふん、言ってられるのも今のうちさ。必ずあんたを殺してあたしたちの誰かが総体になる!」
正面に立つ少女(これからは構成体と呼ぶ)が叫ぶと同時に全ての構成体が一斉に小青に襲いかかっ
「しゃあ!」
剣の一閃が真正面から襲いかかる構成体を両断する。同時に空いたもう一方の手から高圧の水流を出現させ、側面から斬りかかる構成体に叩き込む。後方から迫る複数の構成体には虚空に出現した三つの剣が相手をし、そのまま斬り捨てる。
全体の一部に過ぎない構成体とそれら全てを内包する総体ではやはり歴然とした差があるのか、数で不利と思われた小青はどんどん構成体たちを倒していく。
「所詮あたしたち一人一人は幻霊止まり、やっぱり総体には敵わないか……」
次々倒されていく同胞たちを見て構成体の一人が悔しそうに呟く。
「じゃあもう諦めてくれないかな?数だけは多いし自分と同じ顔した奴斬るのも気分悪い」
小青は冷淡に言い放つ。
「そういうわけにもいかないよ、それにまだ手はある」
その途端、構成体たちが寄り集まり溶け合うように一体化した。そして小青と同じ十代前半から十代後半の少女へ姿を変えた。
「その姿……!」
その姿を見るなり小青は目を見開き、明らかに動揺する。
「そう、この姿は姉様を助けられた小青(あたし)さ。姉様が閉じ込められた雷鋒塔をぶった斬れるくらい強くなった、ね。あたしたちの中にはもちろんその逸話の小青もいる。そいつらで統合することでその力を引き出したってとこ」
説明を行う構成体が纏うこちらを射殺すような殺気から、それが言葉だけでないことが分かった。
「さぁもう一度やろう、次はどうなるかな?」
言うと同時に構成体の姿がかき消え、一瞬で小青の目の前に現れる。
「!」
小青は一瞬呆気にとられたが即座に反応し、次に来る一閃を剣で受け止める。だがあまりにも強い衝撃で体勢を大きく崩した。
その隙を突き、構成体は先程自分たちがされたようにもう一方の手から水流を出現させ、空いた胴にぶつける。
小柄な小青の身体は蹴られた石ころのように吹き飛び、森の木々に叩きつけられた。なおも構成体は追撃を止めず、また一瞬で彼女の目の前に移動し、心臓の位置を寸分違わず突き刺した。
だがその瞬間小青の姿は搔き消え、剣は虚空を突いただけに終わる。構成体は慌てて振り返り、背後から迫る無傷の小青の攻撃を受け止める。しかしその小青の姿も受け止めた瞬間に吹き消すように消える。
「『白蛇異聞ーーーー」
さらに背後、元々小青が叩きつけられた場所から少し掠れ気味な、しかし強い意志がこもった声が響いた。
そこには懐に潜り込み宝具を開放しようと剣を構える肩を血で濡らした小青の姿があった。
「ーーーー仏陀斬り』!」
構成体の首めがけて渾身の斬撃が飛ぶ。
「何故」
しかし構成体はそれを見ることもせず、軽やかに身を翻し回避し、逆に胴体と手足に攻撃を加え、倒れた小青の喉元に剣を突きつけた。
「何故真名開放しなかった?」
完全に打つ手を失った小青を冷たい目で見下ろしながら構成体は尋ねた。
「あたしはあんた、あんたはあたし。あたしができることは総体であるあんたにも出来る。つまりこの成長した姿にあんたもなれるはずだろう。そうして雷鋒塔を両断した一太刀を放つ、それがセイバー小青の宝具じゃないか。それを受ければ所詮幻霊の集まりでしかないあたしなんか一撃で葬れたってのに」
その構成体の言葉を聞いて今まで彼女たちの音速戦闘を目で追うことすらできなかった英二は、小青が今まで一度も構成体の言う宝具を使ったことがないことに気づく。今の今まであれが彼女の宝具だと思っていた。そして今考えると宝具の開放にはマスターにもそれ相応の負担がかかるはずなのにあれにはそれがほとんどなかった。
「まさか、シャオ、お前今まで俺の身体を気遣って宝具なしで……」
「いいや、違うよ」
自分がそこまで彼女にとって重荷だったのかと自己嫌悪に陥りかけた英二を、構成体は冷たい声で遮った。
「こいつ、怖いのさ」
「宝具を使えば姉様を助けた力を手に入れられる代わりにその記憶も鮮明になり、どの小青が助けられたかも分かってしまう。その中に自分がいないのが怖くて使えないんだ。自分が使わないせいで主人が危険に晒されるかもしれないってのに!」
構成体の口調はだんだん怒気をはらんでいき、最後には思い切り小青を蹴飛ばした。蹴飛ばされた小青は嫌な音を立てて地面を転がる。
「主人を守れない弱い小青(あんた)はいらないよ。あんたを消して強い小青(あたし)が総体になる」
構成体は今度こそとどめを刺すべく剣を振り上げる。
「安心しな、兄さんはちゃんと返してやるし、これからはあたしが守るからさ」
(安心した、じゃあ仕方ないね)
その言葉を聞いて小青からは完全に抵抗する気力が失われた。主人を守れない自分はいらない、その通りだと思った。主人を大怪我させて、自分にすら勝てない自分よりちゃんと主人を守れる強い自分の方がいい。
(ああ、でも、もうすこしだけ兄さんと一緒にいたかったかな……)
最期に少しだけ英二との思い出が蘇る。危なっかしくて、とぼけてて、危ないことに自分から突っ込んでいくのも珍しくない、世話が焼ける主人だったが楽しいこともたくさんあった。優しくてほっとけないところが少しだけ姉様に似てる、大切な主人。
小青は覚悟を決め、目を瞑る。
「やめろォ!!」
英二の大声が響き渡る。
来るはずのとどめが、来ない。
「邪魔しないでよ兄さん、あんたには何もしないって言ってるじゃないか」
目を開けると英二が自分に覆いかぶさり、自分を庇っていた。
「兄、さん……?」
驚きのあまり彼女は目を大きく見開いた。
彼は待っていた、構成体が自分でも捉えられるくらいに動きを止めるときを。そんなときはひょっとしたらなかったかもしれないがそれでも飛び出して行きたいのを耐えて耐えて待っていたのだ。
構成体が剣を振り下ろそうとした瞬間、英二はガンドを叩き込み数瞬硬直している間に二人の間に割って入ったのだ。
「勝手なこと、言ってんじゃねぇぞ……!」
彼はゆっくりと口を開く。その声には今までにない怒りが含まれている。
「どっちもだ!従者失格だの、弱い自分はいらないだの、てめえが決めることじゃねぇんだよ!」
ガンドを撃った指が猛烈に痛い。だがそれ以上に二人への怒りが勝る。
「シャオ、俺がお前を必要なんだよ!どれだけお前がいたとしても、もっと強いお前がいたとしても、その中のお前とだけ一緒にいたいんだ!そもそもよ、弱いくせに危ないとこばっか突っ込んでく馬鹿野郎の世話焼いてくれんのはお前くらいなもんだぜ?」
カルデアでの日々を、過酷な特異点修復を、なんの力もない自分が乗り越えていけたのはいつも側で支えてくれる彼女がいたからだ。それをもう弱いから捨てろだなんて冗談じゃない。
「しょうが、ないなぁ兄さんは……」
彼の心からの言葉に小青は瞳に涙を浮かべ嬉しそうに微笑む。そして剣を握る手にもう一度力を込める。
「危ないから、少しどいて」
その生気が戻った目を見て英二は信じられる何かを感じ、もう一度転がって二人の間を離れた。
「兄さんがどう言おうとあたしは変わらない、あんたを消して、あたしが総体になる!」
邪魔がいなくなったと同時に構成体はもう一度剣を振り下ろそうとする。
小青はその様を穏やかな表情で見つめ、こう唱える。
「『白蛇異聞・仏塔両断』」
そして剣を振った。
その途端光が溢れ、小青の身体が瞬時に成長を始める。幼く可愛らしい少女の姿が艶やかで美しい女の姿に変わる。そしてあらゆる防御、結界を貫く大斬撃が天に向かって放たれた。
それを真正面から受け止めた構成体は上半身と下半身を両断されながら、それでも穏やかに「なぁんだ、できるんじゃないか」と微笑んで、消えた。
光が消えた後、そこには普段のままの姿の小青がよろめきながらも佇んでいた。
「これでもう、返品はきかないよ。責任、とって貰うんだから」
英二を見てにっこり子供らしく笑う。そこで力尽きたのか、大きくよろめき倒れそうになったところをとっさに英二が駆け寄り肩を貸して支える。
「よかったのか、宝具、使っちまって」
肩を貸しながら英二は尋ねた。
「いいのさ、生きているとき姉様を助けられたかどうかより、今マスターを守れるかどうかの方が大事だって気づけたから」
「結局、どうだったんだ?」
「……内緒」
彼女は悪戯っぽい笑みでそう答えた。


そこで、目を覚ました。
「よかったマスター!」
目覚めたとたん横に控えていた小青に抱きつかれた。まだ塞がって間もない傷が真面目に痛い。
「あ、ごめん、まだ痛いよね……」
「いや、これくらい大丈夫さ!」
しかし心配そうに見つめる小青を前に英二は無理に強がって見せる。
「痛いんだろ、我慢するもんじゃないよ?」
「痛くないったら痛くねぇって。あぁ、ところで夢のことなんだが……」
今更ながらあの時は勢いに乗ってまくしたててしまったが大分恥ずかしいことを言った気がして照れ臭くなってきたようで英二は顔を赤らめる。
「夢?」
小青は不思議そうに首をかしげる。
「覚えてないのか?」
「んー、なんか見たような見てないような。あ、でもマスターが目を覚ますちょっと前あたしもちょっと寝ちゃってたんだけど、起きたらなんか心が軽くなった気がする」
「そうか、ならいいや」
覚えてないなら覚えてないで別に構わない、彼女の心の傷が癒えたのならば。
「マスター、あたし強くなるよ。もう絶対にマスターに怪我なんかさせない」
その心を知ってか知らずか小青は英二の手を握り、力強く宣言する。
「ああ、俺もお前が安心して目の前の敵に専念できるくらいには強くなってみせるよ」
英二もまた彼女の前で、決して重荷にはならないと誓う。
「うん、期待してるよマスター」
夢の中でそうしたように小青は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ快復祝いに何か栄養のあるもの作るよ。台所は赤い兄さんに借りてー、と」
ぴょんと立ち上がると背中を向け、出口へ向かう。
部屋を出る直前聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で呟く。
「謝々(シェイシェ)、兄さん」

  • 最終更新:2018-11-13 20:39:02

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