なんでもない日に二人きりで
「バレンタイン?」
そんなイベントがあることに、スネグラーチカはまったく気づいていなかった。
何回かは「バレンタイン」という単語も聞こえてたけどまるで気にしてなかった。生前ならこの時期のわたしは死ぬ準備をしてたけど、村の人たちは違ったんだろうか。
そういえば最近はずっと食堂がざわざわしていたし、サーヴァントだけじゃなくカルデアのスタッフさんもそわそわしてた気がする。
これは一大イベントだ、みたいな雰囲気があった……かもしれない。多分。よくは知らない。
……あれ? もしかしてわたし大事なことをほったらかしてしまったんじゃ……。
……。
…………。
………………今からとりかえそう、そうしよう。うん!
そうと決まれば行動開始。
まずはバレンタインのことをちゃんと知って、それから頑張ろう。よし決まり。
「ということでハクト。バレンタインってなに?」
「それ僕に聞く?」
「聞く。オトレーレししょーの方が知ってそうだけど、今はハクトが近くにいたから」
「まぁいいけど……バレンタインってのは好きな人にチョコを送るイベントだよ」
「それだけ?」
「それだけ。好きな人は本命チョコ、そうじゃない人は義理チョコを贈る」
「ふーん……じゃあわたしは本命チョコだけでいいかな」
「、あー……………バレンタインは日頃の感謝を伝える意味もあるってさ」
「そうなの? だったら渡すのはお父さまにオトレーレししょーにダイダロスさんとタメカゲはどうしようかな……」
「? タメカゲ……?」
「ナガオ・タメカゲ。雪合戦の人。あとわたしのライバル」
「ナガオタメカゲ……長尾為景ね。って、なんでライバル認定?」
「雪合戦で負けたから。タメカゲってズルいんだよ雪の上なのにヘンに早くて、」
「あぁ、うん毎日楽しそうでなによりだよ」
「今度はハクトも一緒にやろうね」
「やらない」
「えー」
「というかバレンタインの話はもういいのか?」
「あっと…そうだった。でもとりあえずチョコを作って渡せばいいんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあちょっと作ってくる! 本命チョコ待っててねー!」
「……………それ大声で言うことじゃないだろ」
───
そんなこんなで翌日。キャスターはチョコを作って持ってきた。
持ってきた、のだが…───。
「…………キャスター。これなに?」
「…………チ、チョコレート」
残念ながらそれはまったくチョコには見えない、炎と氷に覆われた黒ずんだ物体Xがそこにはあった。
物体Xを載せたお皿は溶けているようにすら見える。目の錯覚であってほsいやこれ錯覚じゃない。確実に溶けてる。
いったいチョコにどんな悲しみを背負わせればこうなるのか。ほんのかすかに神代の魔力を感じるのが猛烈にこわい。
「いや、いやいやいや、何やったらこうなるのさ」
「チョコを溶かして、混ぜて、固めただけだよ」
「それだけ?」
「それだけ。まずレッちゃんの焔でチョコを溶かして、」
「待て。レッちゃんって誰だレッちゃんて」
「レッちゃんはレッちゃんに決まってるでしょ。レーヴァテインちゃん」
それは北欧神話の終末の巨人が振るう兵器……のはず。なぜかサーヴァントとして召喚されているようだがいつの間に仲良くなったのか。
ともかく"レーヴァテインの焔"であればそれは明確な滅びの具現だ。少なくともチョコに向けるようなものじゃない、絶対に。
「頼んだらやってくれたよ?」
「そんなの頼むな!」
「あとはわたしの固有結界に入れて固まったら完成。どや」
「わかった。もうハッキリわかった原因はその二つだ」
「む、むむむ……」
「一応聞くけど味は?」
「痛かった」
「おいしいまずい以前の感想だと……」
「…………やっぱりだめかな?」
キャスターの顔が少し曇る。尋ねる声もいつもより小さく聞こえる。
大変なものを作ってしまったが、それがおふざけではなく真剣にチョコを作ろうとしていたことはわかる。
「まぁ、うん。さすがにキツい」
「……そっかだめかぁ。たはは、ごめんねハクト。あげるチョコなくなっちゃった」
僕のために──と言いきれないが──空回りして一人で落ち込む。これはけっこういつものことだ。
放っておけばまた元気になってまたなにかしでかす。この繰り返しをどこかが壊れた雪娘はずーっと繰り返している。
だからまぁ、今ここで僕がなにかしなくてもさほど問題はない。そしてそれは───
「じゃあ今から作るか。二人で」
「え?」
───逆もしかり。助けたってさほど問題はない。
「ほらその、僕に渡すチョコがないんだろ、なら作ればいい」
「でも、わたしまただめにしちゃうよ?」
「だから僕が手伝うんだよ。簡単なのならレシピ教えてもらえばなんとかなる」
「……………」
「それにアレだ、マスターってのはサーヴァントを上手く使うものだ。訓練みたいなもんだよ」
「………」
「そう訓練だ訓練。二人で協力する訓練、なにもおかしくない」
「……にひひ」
「……笑うなよ」
「だって、嬉しいから」
──よかった。笑った。
「それはなにより」
咲いた花のように笑うキャスターに、そんなことしか返せない。
これでまたキャスターはいつものように善意で暴走するだろう。言わなきゃよかった。
あぁくそ本当に言わなきゃよかった。らしくないことをした。なんで"笑ってほしい"なんて考えてしまったんだ僕は。
後悔したってもう遅い。とっくに花は咲いていて、その花を散らすような真似は僕にはできないのだから。
「ほら早く食堂行こう? 二人で、二人っきりで!」
「そこ強調するな! ってこら、引っ張るなー!」
急かされるように腕を引かれて歩く。
ほんの少し早足でいつもと変わらないを笑顔を追いかける。
バレンタインはとっくに終わったというのに、なんのイベントもない日ですらこんなことが起きる。
出遅れてこの有様なら、来年はいったいどうなってしまうのか。考えるだけで恐ろしく…───
ほんの少し、楽しみだった。
なんでもない日のチョコクッキー
スネグラーチカのバレンタインの贈り物、ではない。
バレンタインはもうとっくに昔の話。今はまったく関係ない。
言ってしまえばこれはただの訓練の結果あるいは成果であって、ふかーい意味なんてありはしない。
ただ互いが互いに『誰か』に笑ってほしいからやっただけ。
だからこのチョコは感謝も好意も伝えることはない。伝える必要なんてない。
今は───まだ。
(おまけ)
永遠と終末のナニカ
永遠の冬と終末の焔の奇跡のハイブリッドによって生まれた有機物で構成された兵器。
元はチョコレートを作ろうとしていたことは製作者のスネグラーチカしか知らない。共同開発ということで制作に全面協力したレーヴァテインすら食べ物を作っているとは思わなかったとかなんとか。
ひとたび口に入れれば凍傷とやけどを同時に味わえる。一粒で二度痛い。混ぜるな危険。これはチョコではない。
なぜ誰も止めなかったのか。
なぜ誰も気づけなかったのか。
すべては時期外れの突発的バレンタインを敢行してしまったが故の悲劇である。
※製作者のスネグラーチカが責任をもってすべて処理しました。
- 最終更新:2020-03-31 08:58:04