いつか死ぬためのお返し

『────これをやる』

そう言っていきなり渡されたバレンタインの贈り物。
渡されたのはどこにでもある市販のチョコレートだけど、店先に並ぶだけじゃ篭らないものが詰まっていて。
だからこそ素直に受け取れない。
僕は、そんな暖かいものを受け取っていい人間じゃない。

『お前はよくやってくれている。これはその礼だと思えばいい』

礼であるのならなおさらだ。今すぐ死ぬべき人間が礼をされるなんておかしいだろう。なのに引いてはくれない。
生きろと、そう言うのか。
あなたも、僕の父親のようにこの世に害を撒き散らす選択をするのか。

『心配するな。もしもお前が死霊魔術師として魔道に堕ちた時は───』

───殺して、くれるのだろうか。

それなら、うん、それなら安心できる。…………安心して、あなたにお返しができる。
殺してもらう、その前に。


そして、後日。

陽が沈みかけた夕暮れ時。山間の奥深くにある忘れさられた墓地で男が一人、女が一人いた。
男の名前は錫凪ハクト。
女の名前は方喰菫。
二人共に魔術師であり、二人共に死霊魔術傍らにあり、そして二人共に死霊魔術によって行く道を狂わされている。
そんな二人が人気のない場所でなにをしているか───別に逢瀬を楽しんでいる訳ではない。行われているのはマンツーマン指導の戦闘訓練だ。
わざわざ人気のないない寂れた墓所で訓練をする理由は、銃を使うから。音や光、そして臭いと隠すべきものはいくつもあり、それらを人の目にふれされないためには小細工で隠すよりも視界の外に置くのが確実だ。万一を考えて消音と遮光の魔術はかけてある。
魔術師は隠れ生きるべき存在で、目立つようなことは極力避けなければならない。魔術師にとっては基礎とも呼べない至極当然の常識である。
この二人が魔術師として真に正しいかと聞かれれば否であるが。それはまた別の話。


なにより今回の主題は、魔術とはいささか離れた位置にあるのだから。


「よし。今日はここまでにしようか」

その一声が終わりの合図。
同時に、始まりの合図だった。

「お疲れ、さま、でした……」

言いながら座り込む。師匠───菫さんのことだ───の訓練はけっこうなスパルタだ。疲れないわけがない。
その師匠はというと疲れている様子がまるでない。指導する側とされる側の差もあるだろうが、そもそもの根本的な体力の差があるように思う。男としては情けないことこの上ない。

「何かあったか? 今日はあまり集中できていなかったようだが」

こちらの内心を知ってか知らずか、訓練時よりいくらか緩めた調子で師匠が聞いてくる。普段つけている仮面はない、訓練の時はいつもこうだ。
さて、集中できていなかったという師匠の指摘は正しい。
そして、何かあったかという疑問は正しくない。
何かあるのは───これからだ。

「師匠」
「ん?」
「……師匠」
「な、なんだ、どうした?」

師匠を見つめたまま目的の物を出そうとして……出せない。
銃を使ったからだろうか、右手が震える。頼む、頼むからじっとしててくれ。取り出して渡す、それだけだろうが。しゃんとしろ僕の右手。
どうにかこうにか苦労して取り出したチョコレートを、

「どうぞっ!」

勢いのまま師匠に渡す。
渡したチョコレートは市販品だ。それもこの前師匠が買ってきたものとほとんど同じ。違いなんてホワイトデー専用の飾りがついてるくらい。
手作りは無理だとわかりきってたから、あっちこっちのお店を回った。
どんなチョコレートなら喜ばれるだろう。金額か、量か、限定品か。あれこれ考えて考えて考えて、とにかく気持ちが篭るものに決めた。
だから、同じ。
師匠があのチョコレートに篭めてくれたものを、気持ちを、少しでも同じように返したくて。
手抜きと思われるかもしれないけど、それでもこれが今の僕が考えられる精一杯だ。
師匠は動かない。受け取った姿勢のまま、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
……なにか、間違えたかもしれない。

「き、今日なんだろ、ホワイトデーって。だから、この前のお返し」
「…………お前が?」
「うん、そう」
「…………私に?」
「だからそうだって」

そっちから先に渡したクセに、そんなに不思議そうにしなくてもいいじゃないか。
ただ、借りを返しただけなんだから。

「ふっ…………はは、はははは。あぁ貰うよ、貰うとも。
 思わぬ不意打ちだったが嬉しいものだな、うん───嬉しい。ありがとう」
「……どう、いたしまして」
「ちゃんと伝わったよ」

そう言って、少女のように師匠は笑う。
その笑顔を見てたら、今更恥ずかしさがこみ上げてきた。顔が熱い──くそ、自覚するな。
成功と思っていいんだろうか。わからない。わからないけど、悪いようには思えない。
なら、良しとしよう。

「だが私とまったく同じというのは芸がないな」
「うぐっ」
「よし、来年は真似できないよう手作りのものをくれてやる」
「……え」
「む、なんだその反応は。今は無理かもしれんが来年までには手作りの一つや二つ───」

来年、と師匠は言った。
当たり前のように、僕と、師匠の未来の話をした。
365日という長い長い時間。巡る春夏秋冬を通り過ぎてもまだ、僕は生きていると、そう語った。
……悲しむべきだ。僕がこの世に残る時間が延びることを。
……嘆くべきだ。錫凪の滅ぶ未来が遠のくことを。
悲しんではいる、嘆いてもいる。……なのに。なのに。なのに。どうして僕の心には違うものがある。
許されない。こんなものを感じてなどいられない。そうだろう、そうであるべきだ。なのに、なんでっ、どうして!
僕は。

「来年が楽しみだな、ハクト」
「……そうだね、師匠」

嬉しいと、思ってるんだ。

  • 最終更新:2020-03-31 08:58:52

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