巨人は出来損ないを抱く

「なんだ、お前。我は先約がある」

ロゼの仕事の影響で、聖堂教会の息すらかかっていない街に来てから早二日。人の行き交いはかなり多いようで、人型でいるとこうやって声をかけられることがたまにある。が、こちらが見つめるだけで簡単に逃げ帰っていくのだ。

(我の存在感が人間を恐れ慄かせるほど人間共に勝っているということなのだろう。そうでなくてはな!)

………実際は不機嫌そうな顔だから、変わった話し方だからという理由なのだが。そんなことも露知らず。プルフラスは己が最愛の少女を待つ。

「少女、という年齢でもないのだがな。見た目は少女そのものだが」

一人孤独に泣き荒ぶ彼女を見て、手を差し伸べてからはや幾年。全くもって苦労に尽きる。
そも、彼女は色々と隙が大きいのだ。色目を使ってくる世の変質者共、少女だからと侮り貶す惨めな人間共、そして甘いが故に騙そうとする彼女と争い合うもの。そのどれもが唾棄すべき人間の醜さだろう。
………そんな中にあっても耐え抜こうとした彼女こそを、己は信じたくなったのかもしれないが。もう二度と人のためになんてならないと思っていたのに。彼女のそれは柔らかに心を包むのだ。

「お待たせしました、プルフラス」
「……遅い。言い訳は聞かんぞ。我は多くの人間に絡まれて気分が悪いのでな」
「それはごめんなさい。……プルフラスのお顔がカッコいいからだと思うけど」

どうでもいい、と言わんばかりにそっぽを向き、そのままロゼの手を握る。すっかり遅くなってしまい、あたりも暗くなったがために早く帰ろうじゃないか……そういう意味だろう。
正式な聖堂教会のシスターでない彼女に提供された家は二人が住むにしては広いし、割と設備も整っているのだが、いかんせん遠い。森の中にある家など何故持っているのだろうか。

「はぁ……また沢山ドジしちゃった。私もちゃんと注意してるはずなんだけどなぁ」
「あまり気にしてもしょうがなかろう。気を取り直すことだな」

そうやって話しながら歩くこと数分間。人もいない、完全な森の夜道に入った時に最悪の運命は飛来する。

「……これは、何……?金属音……?」
「む、金属音だと?……なんだ、あれは」

激しく武器と武器がぶつかり合う音。……それはつまり、殺し合いをしているという証明に他ならず。
その音の方向を見れば、人の姿をした人ではない何かが、超常的な力で殺し合いをしているそれであった。それを見た瞬間、プルフラスはロゼに命令しいち早く駆け出す。

「っ……ロゼ、逃げるぞ!アレはダメだ。アレは……違う、そんな……」
「……なに、どうしたのプルフラス。あの二人がどうかしたの?」
「アレは、エーテルで体が出来ていた。しかも、互いをセイバー、ランサーなどと……つまり、アレは人理の影法師、英霊の……」
「なんだ、俺のこと知ってるのか?なら返すわけにゃあいかないよなぁ」

その剣の一閃を避けれたのは、勘による奇跡と言っても差し支えがない。そう形容していいほどに眩く素早い剣だった。

「おぉ、避けられるたぁ思ってなかった。……すまねぇな、嬢ちゃん。見た奴は始末しとけって言われてんだ。それに……その手のやつ、令呪だろ?まだサーヴァントを召喚してねぇが、マスターなのは確定だろ」
「令呪……サーヴァント……って、なんのことですか!?私には、全く────」
「いいから逃げるぞロゼ!戦闘をしながら退却だ!」

プルフラスの姿が掻き消える。この時の状態は、ロゼの戦闘サポートを行う際の姿であり、つまりそれは……

「……展開!」

セイバーと呼ばれていた男の一撃を、ロゼが防ぐ。灰色の装束を見に纏い、モノクロの剣でセイバーの一太刀をいなしたロゼは、更に襲い来る様々な剣戟に対して打ち合っていく。

「……!嬢ちゃん、本当に人間かね?サーヴァントと互角に打ち合えるなんて中々いねぇだろうよ」
「人間です。……お願いだから、退いてっ!」

灰色の礼装に編み込まれた術である「duo」を使用し、瞬間的な魔力放出で踏み込む。まさかと思い油断していた男の隙を突き打ち出された一撃は容易く胸を貫き……

「……あー、すまん。俺、武器は殆ど効かないんだわ」
「なっ……グッ!?」

鉄のよう、などではない。正に概念的なものに包まれたかのような硬さで刃を通さなかった身体を捻り、ロゼを蹴り飛ばした後にそれに追いつくかの如くセイバーが刃を振るう。プルフラスが用意した魔力障壁も容易く壊し、更に追撃を開始するそれはまさしく人の域を超えている。

『クッ……潰れろ!』
「魔術も効かねぇよ。対魔力がどうとかじゃない、そういう問題じゃねぇんでな」

なんとかいつの間にか家の近くまで逃げ帰るも、それまでである。セイバーとの力の差は離れており、壁際にへたり込んだ形で追い詰められるロゼとプルフラス。咄嗟にプルフラスが現界し、ロゼの前に立ち塞がって庇うが、恐らくプルフラスごとロゼを断ち切れてしまうだろう。……プルフラスが怯えているのか、震えているのがよくわかる。
ああ、私はいつも運が悪い。私だけならばいいけれど、まさかプルフラスまで巻き込んでしまうなんて。どうか、お願い。神がおられるのであれば、どうか彼だけは……

その瞬間、雷撃とも思わしき爆音と大気を震わす衝撃がプルフラスとセイバーの間に響く。そして、セイバーを拳で殴り遠くに吹き飛ばす姿が一つ。

……巨大だ。かなり大きな体格だ。そう思ったのも束の間、その巨体……眼鏡をかけた男性はロゼとプルフラスに振り向き。

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「問おう。お前らが俺のマスターか?」
「マスター……?一体なにを」
蹴り飛ばした方向から弾丸のように飛んでくるセイバーの剣を槍で競り合いながら、その大男はニヤリと笑い

「俺はキャスター。真名はコイツをどっかにやった後でいいだろ。……行くぞ!」

槍を振るい、セイバーの剣を弾くと同時にすぐさま二連撃を入れる。それは熟練の戦士たるセイバーには防がれてしまうが、少しロゼ達との距離を引き離しただけで僥倖だろう。

「おっも……それでキャスターってガラかね?魔術は使わねぇのかよ」
「お前が優れた戦士なら考えてもいいぜ。そも、魔術が通じるとも思わんが」
「それは舐められたもんだなぁ?」

無駄口を叩いた直後、セイバーはいつのまにか己の足に植物の蔦が絡みついていることに気づく。魔術を使わないというのは嘘であること、その蔦はかなり硬いことに気を取られ、槍の一撃を避けきれない。といっても致命傷は避けているし、浅いし、何より己……セイバー、フェルディアの宝具のおかげで傷つくことはないと思ったが故にだ。しかし……

「っ、!……おいおい、マジかよ。なんでだ?」
「……ああ、あれか。多分、お前普通なら武器が効かないのか。そりゃ悪い。俺のこれはな、生きてるから」

槍を示し、ニヤリと笑う。どうやら目の前の男は戦士としての技量はもちろんながら戦いにおいて搦め手を使うことも辞さないらしい。先程の魔術云々がそれだろう。

「ふーん……ああ、すまねぇな。マスターから退却の指示が下った。……面白いな、お前。次はもっと熱い勝負にしよう」
「期待せずに待ってるさ。強敵と戦わず勝つのも一種の策でな」

セイバーが消えた後、キャスターは改めてロゼとプルフラスに向き合う。そうして改めて、キャスターは彼等の前に膝をつく。

「改めて自己紹介だ。俺はサーヴァント。クラスはキャスター。真名は……バロール。光神ルーの祖父、光の御子クーフーリンの曽祖父だ」

そう言った後に、豪快そうに笑って

「まあお堅いことは無しにしようや。いや、アンタらがお堅く行きたいならそれでもいいが。……それにしても、ふぅむ。魔神柱か。それにしては霊基が小さくね?」
「なっ……き、貴様っ!我を侮辱したか!更に、魔神柱よりも劣っている、などと……貴様どこまで愚弄を……!」

ソロモン王が作り出した使い魔、72柱と比較しスペックが著しく乏しいからこそ捨てられたプルフラスにとってこれは地雷に違いない。烈火の如く怒りだすプルフラスを宥めながら、ロゼはバロールと名乗る男性に質問をする。

「落ち着いて、プルフラス。……これは、私たちが聖杯戦争というものに関わることになったということで間違い無いのでしょうか」
「ん?ああ、あー……巻き込まれ、か?そうそう。そういうことさ。つーわけでアンタらも殺し合いに参加しなくちゃあいけねぇわけだが」「おい、ロゼ。このような下衆の話など聞かずともよい。災禍を巻き込むだけの疫病神に違いないぞ、こやつは」
「随分な嫌われようだなぁ。……ん?待てよ、そこのロゼとかいう小娘。……お前、お前の中の『それ』はなんだ?」
「それ……?すいません、わたしには何も……」
「ほぅ……プルフラスとかいう奴は……知ってるのか。その上で隠す。ふむふむ……よーし、決めた!」

小柄な二人を抱き上げて、一通りグルグル回して、そのあと下ろして頭を撫でながら

「お前らを気に入った!俺が人生の先達としてサポートしてやろう!」

  • 最終更新:2020-06-20 00:20:13

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